2026年3月、『剣客逓信 明治剣戟郵便録』という時代小説でデビューした帯刀古禄(たてわきころく)と申します。
この度、本作が第15回歴史時代作家協会賞の「文庫書き下ろし新人賞」部門候補作の一つにノミネートされました。

本賞の存在自体はもちろん存じ上げていましたが自作がノミネートされるとは思ってもみず、しかも他の候補はちょうど直前に夢中で読んだ2作で作者の方々はSNSでも交流していた敬愛する先輩方だったのです。
賞の決定は2026年8月下旬とのことで、この記事を書いている時点ではもう間もなくなのですが、今さらながらお知らせしたいと思います。
文庫書き下ろし新人賞とは
まず、「文庫書き下ろし新人賞」という部門について少しご説明します。
文庫書き下ろしというのはメディアでの連載や単行本を経ず、最初から文庫版としてリリースされることを意味しています。
「文庫書き下ろし新人賞」の名の通り、過去一年間での刊行作品かつデビュー3年以内の作家が対象です。
歴史・時代小説ジャンルではこのような文庫書き下ろしでの出版が増えているため、こうした専門的な賞が創設されたとのことです。
それでは、以下で本賞にノミネートされた3作品をご紹介しましょう。
候補作:神尾水無子『鴉揚羽の仕業』
江戸手妻の一座〈夢見鳥座〉のメンバーが、各々の技能を活かして不穏な事件に裏から対峙する物語。
「手妻」というとマジックや奇術と説明されることが多いのですが、手品だけではなくいわゆるイリュージョン的な演出を含む舞台芸術といった方が近いかもしれません。
イリュージョニストの面々がお江戸の悪を仕置する――この設定からしてもう「乙粋」ではございませんか。
作品を通して特に夢中になったのは、洒脱で外連味たっぷりの個性的なキャラたちが織り成す、ちゃきちゃきの台詞回し。
とりわけ女性キャラの気風と度胸と誇り高い生き様は、読んでいてほれぼれするほど格好いいです。
一般に「粋」という字を江戸では「いき」、関西では「すい」と読んでそれぞれニュアンスが異なるといいます。
江戸の「いき」は「意気」に通じ、姿や振る舞いがさっぱりと気持ちよく、人情をよく解する気風のいい様子。
関西の「すい」は文化や芸術に通じ、挙措や見識に秀でつつも居丈高にならない大人。
そんなイメージを持っていますが、本作の登場人物たちはまさしく江戸の粋を体現するかのようにスタイリッシュでした。
おすすめしたいポイントは他に山ほどあるのですが、まずはぜひぜひお手元にお迎えのうえじっくり表紙を御覧になり、『鴉揚羽の仕業』のページを捲ってくださいませ。
きっと手妻さながらの物語世界に夢中になって、文字通りに時の経つのを忘れてしまわれることでしょう。
もちろん、「それはすべて―――」
候補作:笹目いく子『かくれやど 旅籠屋つばき結び帖』
若くして亡くなった叔父から一軒の旅籠「椿屋」を引き継いだ、笛職人の青年「明彦」。
しかしその宿には、不老不死の身となった少女「椿」が隠れ住んでいて――。
あやかしもののお話なのかな?と思ったのも束の間、しっとりと心の深い場所に沁み入ってくるドラマに、すごく久しぶりに嗚咽するという読書体験をさせていただきました。
過酷な過去をもつ青年の孤独、永劫の時を生きねばならぬ娘。そして導かれるように椿屋を訪う、さまざまなものを背負った人々。
それぞれの孤独が奇跡のように交錯するとき、そこにあたたかで確かな一瞬がおとずれます。
個人的に本作はどちらかというと「哀しさ」が強く印象に残る物語でしたが、不死の身で無限に誰かを見送ってきた少女の達観や諦念の先に、それでも光のようなものを示す救いの予感に満ちていました。
その一つに、主人公の青年・明彦が生業として作り、時に奏でてみせる「笛」という舞台装置の存在があります。
形として残る「楽器」という輪郭と、目には見えず形でもない「音楽」という媒体が、思い出となって誰かの心にやさしく留まる様子に心洗われる思いです。
もう一つは、不死の娘・椿が拵える手料理の数々です。
季節の食材を巧みに用い、口にする人の体調や気持ちにまで寄り添った滋味あふれる膳。
当時のレシピや食習慣に対する深い考証と工夫は圧倒的といえ、いずれもまことにまことに美味しそうでした。
ほんの少しだけネタバレですが、椿が食べたものの中に「がざみ」すなわちワタリガニが登場します。
江戸時代当時は江戸前の庶民的な食材だったとされ、「蟹を食べる間は無口になる」とは現代の名言ですね。
時間をかけて、大切な人とともにゆっくりと愛でたであろう季節の味。
簡潔な記録として描写される、愛おしく豊饒なひと時に涙を禁じ得ませんでした。
ぜひとも、泣く準備をしてお読みいただきたい物語です。
候補作:帯刀古禄『剣客逓信 明治剣戟郵便録』
明治の初め、警察より早く銃を装備したのは「郵便配達員」だった――。
この史実をもとに、幕末の動乱で届かなかった手紙を配達する特命郵便配達人の活躍を描いたのが本作です。
金品なども運んだことから盗賊の標的になったり、山道で野生動物と遭遇したりすることから郵便物を守るため銃を携帯していましたが、この特務に練達の剣士が就いたら面白いのではと思いました。
主人公はちょっとはねっかえりの青年と、元紀州藩士の老剣士というバディものです。
和歌山の幕末~近代史を織り込みつつ、タイプも年齢も違う二人が徐々に相棒になってゆく様子を描きました。
本作は2023年のアルファポリス主催・第9回歴史・時代小説大賞で「痛快! エンタメ剣客賞」を受賞したものです。
老剣士らが操る剣術などの武術は自身の武道体験をもとにしており、明治初期という時代設定も含めてやや珍しさはあるかと思います。
一方ではアルファポリスからのオーダーであった「泣ける人情噺」の面や、手紙というアイテムがもたらす悲喜こもごものドラマにも力を入れましたので、ぜひそういった部分もお楽しみください。
まとめ:候補者各位のこと
本賞にノミネートされたのが神尾水無子氏・笹目いく子氏の両名と知ってものすごくびっくりしたのは、僕自身がお二人の大ファンだったからでもあります。
神尾氏は大名の駕籠を担ぐ「陸尺」の若者の挫折と再生を描いた『我拶もん』で第36回小説すばる新人賞を受賞。
笹目氏は『調べ、かき鳴らせ』『深川あやかし屋敷奇譚』でアルファポリス第8回歴史・時代小説大賞の大賞および特別賞を受賞。前者を『独り剣客山辺久弥 おやこ見習い帖』と改題のうえデビューされています。
いずれも読者として仰ぎ見ていた大先達で、同じ舞台にノミネートしていただいただけで非常に光栄です。
とはいえ自分自身はこうした賞はお祭りのようなものと考えていて、少しでも出版や創作を取り巻く世界の賑やかしになれれば望外の喜びです。
候補の選定にあたっても「断腸の思い」といったニュアンスを記していた方もおられ、きっとその通りなのだろうと思います。
ものすごく面白い物語は商業出版の作品だけではありません。素晴らしい小説が多くの方の元に届きますよう、わずかでもお役に立てれば幸いです。
記・帯刀古禄



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