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『伊緒さんのお嫁ご飯』のできるまで ③ ―メニュー編―

物書きばなし
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一度はつくった家庭料理にこだわった

『伊緒さんのお嫁ご飯』で登場するメニューは、いずれもごくありふれた家庭料理ばかりです。
グルメを描いた作品も大好きなのですが、やはり普段お家で口にするものこそ、一番大切だと思ったからです。
メニューを選ぶのにこだわったことは、なるべく「自分自身か家族が一度はつくったことのあるもの」にすることでした。
食べるシーンも大事なのですが、つくっている最中の手際やちょっとしたコツなどを描くためには、どうしても実体験が必要でした。
小説では実際につくったものから少しアレンジを加えたりしていますが、後に作品中のレシピで現実に料理してみたりと、実生活と相互に補完しあう好例となりました。

18歳~の自炊生活の経験が活かせた

わたしは高校を卒業してから一年間、進学費用を貯めるために住み込みで新聞配達をしていました。
「新聞奨学生」と呼ばれる制度で、お給料のほかに返済不要の奨学金を新聞社が支給してくれるという、今思い返してもありがたいシステムでした。
わたしが配属された店舗は賄いがなく、共用の台所で自炊をしなくてはならない生活でした。
毎日のように折り込みチラシで特売品を調べて、なるべく安いお店で食材を調達できるかどうかは、大げさではなく死活問題だったのです。
それに、限られた生活費でもやはりなるべくおいしいものを食べたいので、ずいぶんと色々な工夫をしたものです。
初めてつくってみた料理がほとんどで、基本的なレシピの多くはこの時期に習得したものです。
その時はもちろん、将来お料理をテーマにした小説を書くなどとは、思ってもみなかったものです。

学生時代、下宿でつくった料理がヒントに

一年間の新聞少年勤務を終え、無事に進学費用を貯めたわたしは大学生となりました。
下宿先は平日のみ朝・夕の食事を出してくれるところでしたが、夏季と冬季の長期休暇の間はご飯もお休みになりました。
ガスコンロと流し台は自由に使えたので、ここぞとばかりに自炊の技を発揮しました。
新聞奨学生時代よりも気持ちにゆとりができていたので、少し凝った料理にもチャレンジしてみました。
「豚の角煮(煮豚)」 やロシア風水餃子の「ペリメニ」などは、カセットコンロに古い登山調理具の「コッヘル」を使って、友人と一緒につくった思い出の味でもあります。

第十九椀 ほろほろ、トロトロ「豚の角煮」。あの家電でできるんですね
 ただならぬオーラが炊飯器から立ち上っている。 いま書いている小説の筆が珍しく進んで、気がつくともう真夜中になっていた。 とたんにおなかがグウ、と鳴って、はてさてご飯が残っていたらお茶漬けにでもさせていただこうかしらん、と台所に忍び込んだの
第四十七椀 皮も手づくり「もっちりギョーザ」。お部屋に初訪問って緊迫です
 初めて伊緒さんの部屋にお邪魔したとき、本当に緊張したのをよく覚えている。 その時はまだ正式にお付き合いしているわけではなくて、本とかマンガとかの貸し借りを通じてだいぶ仲良くなってきたかなあ、という程度の関係だった。 なので"伊緒

夫目線と妻目線を両方描いた

主人公はお嫁さんである「伊緒さん」なのですが、物語は夫である「晃くん(晃平)」からの視点を中心に進行します。
お嫁さんがおいしいご飯をつくって待っていてくれる、温かい家庭に帰るわくわく感を描きたかったからです。
でも、時々その視点は伊緒さんのそれへと切り替わるようになっています。
帰る側と待つ側という単純な構造ではないにしろ、どんな思いでご飯をつくって、どんな願いを一皿に込めているのかを少し説明したいときにとても有効でした。
普段は食べる側の晃くんが、ときおり伊緒さんにご飯をつくるエピソードもあるのですが、夫視点のままで男料理を構想して振る舞う描写には、実体験が大いに役立ちました。

「食べる喜び」と「食べさせる喜び」

『伊緒さんのお嫁ご飯』で本当に描きたかったのは、「食卓」そのものであることを以前の記事でも触れました。
美味には限りがありませんが、その味わいも十分な愛情を伴ってこその喜びではないかと思うからです。
食べること自体も喜びですが、大切な人にご飯を「食べさせる」ことも素晴らしい喜びです。
雄が雌に獲物を運ぶように。
母猫が仔猫にお乳を含ませるように。
「食べさせる」ことは動物として本能的な、家族への愛を示す行動のひとつだと考えます。
外に出て働いて生活の糧を得ることと、家計を預かって大黒柱に真心こめた食事をつくること。
この二つはお互いにお互いを補完しあいながら、対等な役割を担っています。
そういった意味では伊緒さんも晃君も共に、「食べる」側でもあり「食べさせる」側でもあります。
そんな当たり前の生活のなかに根付いた、喜びと感謝の気持ちとを描きたいというのが、『伊緒さんのお嫁ご飯』に込めたわたしの願いだったのです。

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