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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】第10章 臨海学校と真白良媛の悲恋。蘇る西牟婁の牛鬼たち

真白良媛ましららひめ 「このお店はね、私のおじいちゃん…橘宗月そうげつが始めたんよ。お神酒の振る舞いはあったけど、世の中があんまり日本酒飲めへんようになってったさかい。カクテルにしたらどうかって」 bar暦のカウンターで、ユラさんはぽつぽつと家族の話をしてくれるようになった。紀伊各所の鎮壇を再地鎮していく任務を帯びてからというもの、ユラさん不在の時は多くなった。 けれどこちらに帰っている間は、他の………………~続きを読む~
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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】幕間 あやかし文化財レポート・その6

湯船に身を沈めると、ゆるゆると身体が溶け出していくかのようだ。 思わずうめき声をもらしそうになるけど、隣のユラさんは傷の痛みに耐えつつ湯に身を浸している。 ここは田辺市の“龍神村”。 海辺の田辺市街と高野山の中間くらい、大和との境に沿った山中の村だ。その名の通り龍の神を祀る祠や神社があり、かつて大陰陽師・安倍晴明が訪れた伝説も残されている。その痕跡は晴明神社や、彼があやかしを封じたという猫又の滝な………………~続きを読む~
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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】第9章 中辺路の河童、ゴウラの伝説。天地の松と永遠の狛犬

歪な結界 「えっ、和歌山にもカッパっているんですか?」 実に意外に思って、ユラさんに訪ねた声がつい大きくなる。 「ちょっ、あかり先生、声」 cafe暦のテラス席で、ユラさんがちょっとあわてて人目を気にするのがなんだかおかしい。 まあまあ、これだけ聞かれたところで妖怪と遠野物語が好きな女子たちと思って、生温かい目で見てもらえるだろう。 紀伊各地の鎮壇を再地鎮する任務を帯びたユラさん………………~続きを読む~
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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】幕間 あかり先生の歴史講座 〜高野山のはなし〜

――はい!皆さんごぶさたしています! 久しぶりの授業なのですが、やっぱり教科書は使いません! さて今日は、高野山について少しお話しましょう。和歌山の皆さんにはもしかするととっても身近かもしれませんが、わたしのような遠く離れた土地の者から見ると、もうめちゃくちゃにエキゾチックなのですよ。 高野山の成り立ちなんかは、いまさらわたしが言わなくても皆さんよくご存じだと思います。そこで今回は、昔の高野僧団の………………~続きを読む~
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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】幕間 あやかし文化財レポート・その5

今夜は特別オープンのbar暦に招待を受けている。 日数だけでいえばあれからそんなに経っているわけではないのに、めちゃくちゃ久しぶりな気がしてなにやら緊張してしまう。 普段は神社のカフェとして営業しているこのお店も、とっぷり日が暮れた後の姿は別の顔だ。 カリンコリンっとベルの音を立ててドアを押し開く。 「いらっしゃいませ」 涼やかな声音で迎えてくれるのは、ネクタイにウエストコートの女性バ………………~続きを読む~
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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】第8章 消える伊都の梵鐘。最凶のあやかし“一ツ蹈鞴”の胎動

梵鐘消失事件 不可解な事件が、新聞の地方欄やローカルTVを賑わせていた。 県北の伊都地方で梵鐘、つまり寺社の釣鐘が次々と消えたのだ。しかし鐘楼や鐘撞き堂から忽然と姿を消したそれらは、少し離れた水田の中や線路脇などといった脈絡のない場所で後に発見されている。 愉快犯、という説は根強い。だが、釣鐘というものはとんでもなく重い。口径が50cm位のものだと、その重量は実に100kg近くにもなるそうだ。単な………………~続きを読む~
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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】幕間 あやかし文化財レポート・その4

「伊緒さん。スモークチキンのサンドイッチ、めちゃくちゃおいしかったです!」 不動山からの帰りがけ、cafe暦に寄ったわたしはまっさきにお弁当のお礼を言った。 「そう。よかった」 店長代理の伊緒さんはにっこり笑い、目の前でコーヒーをドリップしてくれた。 「マスターは元気かなあ」 伊緒さんが言うマスターとは、もちろんユラさんのこと。ユラさんが天野へ発つまでの間、お店の仕事の引き継ぎでレクチ………………~続きを読む~
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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】第7章 不動山の巨石と一言主の約束。裏葛城修験の結界守

cafe暦の店長代理 ユラさんと天野へ行く少し前のこと。 cafe暦を閉めてほしくないばかりに、「ハローワークに求人出して腕のいい職人を探せ」と酔ってくだを巻いたわたしはけっこう責任を感じていた。 もちろんユラさん不在の間、マスターの代わりが務まる人を、ということだ。しかし、瀬乃神宮の結界守としての本質上、適格者は限られてくるのでおいそれと大々的な求人なんて出せるわけがない。 が、その辺りは………………~続きを読む~
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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】幕間 あやかし文化財レポート・その3

里へと下りるバスを待つ間、わたしはまたあの太鼓橋の上にいた。 たった7日。でも、確実にわたしの人生を変えた7日。 言葉にして表すのが容易ではない様々な思いも、やがて自分の中で整理できる日が来るという確信がある。 後ろの気配に、やっぱりという思いで振り返ると、ちとせさんが初めて会ったときのようにスマホで自撮りをしている。でも、画面に写るその顔は、なにやら晴れやかだった。 「鏡はね、もうやめたの………………~続きを読む~
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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】第6章 丹生都姫と八百比丘尼、裏天野の無陣流剣術

千鳥の盃 小糠雨があじさいを艶やかに濡らし、幾億もの水滴がその球に世界の形を映し出している。 樹々の間を縫って次から次に湧き立つ霧は白く清浄で、小さな龍に姿を変じてたゆたうかのようだ。 初夏とはいえ、雨に降り籠められたここは寒い。紀伊国一之宮、丹生都比売にうつひめ神社が鎮座する天野の里は。 小屋根の廂ひさしから無限に落下する雨垂れを、ただぼんやりと眺め続ける。その向こうには見事な半円を描いた………………~続きを読む~
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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】幕間 あかり先生の歴史講座 〜隅田党武士団のこと〜

はい。みなさん、ごきげんよう!教科書は――そう、今日も使いません! さてさて、今回は北条時頼とともに紀ノ川の大鯰と戦った、“隅田党”のお話です。 和歌山県橋本市の東、奈良県五條市との境あたりにその名も“隅田”という地域があります。在地の武士団を育んだ土地で、氏神の隅田八幡神社は国宝の「人物画像鏡」を伝えたことでも有名ですね。この銅鏡は現在、東京国立博物館で展示されています。 この地を拠点とした“隅………………~続きを読む~
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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】第4章 空海の大蛇封じと、裏高野の七口結界

裏高野 なんだか久しぶり、というよりはきっぱりとまだ2回目だ。「bar 暦」のカウンター席に着くのは。 なので白いシャツにネクタイ、そしてウエストコートというバーテンダー姿のユラさんを見るのも、これが2回目。まったくあたり前のことなのだけど、初めて彼女に会ったときのこの衣装への印象がすごく強くて、なんともいえない感慨のようなものを感じてしまう。 「あかり先生、なに飲まはる?」「うーん、何かさっぱり………………~続きを読む~
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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】幕間 あかり先生の歴史講座 〜陵山古墳・南紀重國のこと〜

はい。じゃあみなさん、教科書は閉じてくださいね! 今日は和歌山県橋本市の歴史に関わることを、2つ解説してみましょう。 まず1つめは「陵山みささぎやま古墳」。そう、庚申さんの使いのお猿さんと、たくさんの鬼たちが戦ったあの場所ですね。 円墳としては和歌山県下最大とされ、近畿地方でも出現期の横穴式石室をもつ、とーってもすごい遺跡です。 市の公式見解では5世紀末~6世紀はじめ頃の築造としていますけど………………~続きを読む~
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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】第3章 血縄の主の大鯰と、裏隅田一族の大宴会

cafe暦と二人の童子 和歌山に赴任してきた新米教師のわたしが住んでいるのは、県の最北東端あたりの町だ。 大阪府と奈良県に境を接するところで、橋本という古い町の南側、高野山の麓に開かれた小さな住宅地「伊都見台いとみだい」。この和歌山県北東地域の古名、「伊都郡」に因んだ名前だそうだ。 その山手側、ちょっと小高くなったところにゼロ神宮――、もとい「瀬乃神宮」が鎮座している。土地の子どもたちが瀬乃をゼロ………………~続きを読む~
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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】幕間 あやかし文化財レポート・その2

「りんごをむいてあげましょう」 そう言ってわたしは、わりといそいそと支度を始めた。この東堂医院は川のほとりにあり、病室からの眺めはとてもいい。河川敷はすでに葉桜となっているけど、やわらかな緑がなんとも心をなごませてくれる。 院長の東堂慈庵先生は、わたしが陵山古墳で鬼に襲われた後、瀬乃神宮で手当をしてくれたお爺ちゃんだ。 なんでも、「ご用達」なのだそうだ。 「こういうシーンって、マンガででった………………~続きを読む~
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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】第2章 影打・南紀重國の刀と由良さんの秘密

刀とあやかし文化財パトロール 本物の日本刀を手入れする様子を見るなんて、もちろん初めてのことだ。 刀そのものは、博物館の展示ケース越しには何度も目にしたことがある。けれど遮るものもなく眼前にあるそれは、工芸品というよりむしろ命を宿した何かのようだった。 緋袴の装束姿の由良さんが、端座して口に懐紙をくわえ、刀身全体に打ち粉を打っている。打ち粉とは、時代劇なんかで侍が刀をポンポンと叩いているあのぼんぼ………………~続きを読む~
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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】幕間 あやかし文化財レポート・その1

ピークを越えつつある桜が、風に吹かれて盛大な花吹雪を舞い上げた。 昼間の瀬乃神宮は夜とは打って変わって穏やかで、「bar 暦」もいまは「cafe 暦」の看板を出している。 先日と同じカウンターチェアに腰掛けたわたしの目の前で、由良さんがコーヒーをドリップしてくれている。芳しくふくよかな香りは、花散る午後にぴったりな気がする。 あの悪夢のような夜の出来事は、正直いってとても現実とは思えない。けれどわ………………~続きを読む~
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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】第1章 陵山古墳と蛇行剣の王

零神宮と麗人の酒家 夜の神社に来るのは初めてかもしれない。 4月とはいえ空気はしっとりと肌寒く、短い参道沿いの桜は故郷の雪と見紛う白さだ。 和歌山、といえば南国のイメージが強かったけど、山間のこの街は意外と気温が低い。 石灯籠には本物の蝋燭が点され、灯芯がチヂッと揺らめくたび周囲の闇が形を変える。 「神さんに挨拶だけ、しといたしかええわ」 ここを教えてくれた先輩先生のアドバイスに………………~続きを読む~
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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】プロローグ

~境界をくぐるとき~ 夕暮れ時の橋を渡るときとか、列車で長いトンネルに入るときとか。 きんっ、と耳の奥に鍵をかけられたような音がして、少しの頭痛とともにふわっと身体が浮き上がるような感覚に襲われたことはないだろうか。 なんだか自分が自分ではないような、それまでいた時空からぽんっと放り出されて漂うかのような、不思議な感じ。 わたしは、こどもの頃からずっとそうだった。 橋を渡りきったりトン………………~続きを読む~
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パンと龍 ~江川英龍の幕末麺麭レシピ~

「かてェな」 その煎餅のようなもののあまりの固さに顔をしかめたのは、むしろ川原石でも平気で嚙み砕きそうな面構えの偉丈夫だ。太い首の筋が浮き彫りになり、戯言ではなく文字通り歯が立たない食い物であることがうかがえる。 「噛めませぬか」 その様子を注視していた向かいの男がぎょろりと大きな眼を巡らせ、言い放つ。 「丹田に気を下ろして噛まれませい。兜を断ち割る気構えにて」 兜を割るつもりで噛まね………………~続きを読む~
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