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【WEB小説】『紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート』 ―目次―

古い神々と諸仏が共存する、紀伊・和歌山。 この地にある遺跡・寺社・美術品等の「文化財」の中には、あやかし達への結界として機能しているものも多いのです。 そして、そんな結界文化財の保全を密かに行う人たちが存在しています。 高野の麓にひっそりと鎮座する瀬乃神宮、通称「零神宮(ぜろじんぐう)」――。イケメン女子の結界守が、人知れず紀伊をあやかしから護っているのでした。 これは和歌山に赴任した新米教………………~続きを読む~
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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】エピローグ

〜境界を進む船〜 船が港を出るとき、3回汽笛を鳴らすのは後進する合図だそうだ。 が、いままさに夜の和歌山港を出航するこの貨客船に至っては、もう一つ意味がある。それは音で魔を祓うこと。かつて陰陽師は密教の作法を取り入れ、親指と人差指を弾いて音を出す弾指たんじという魔除けを行なったという。これは今でも禅僧や密教僧が作法として伝えており、この船の汽笛にもそんな霊力が込められているのだという。 わたしが乗………………~続きを読む~
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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】幕間 あかり先生の最後の歴史講座 〜熊野三山のこと〜

はい!みなさんごきげんよう!そうです。やっぱり今日も教科書は使わないのです。 このクラスでのわたしの授業はこれが最後ですね。今日は紀伊の神域、「熊野三山」についてお話ししましょう。 よくご存じの通り、「熊野速玉大社」「熊野那智大社」「熊野本宮大社」の3社を総称したものですね。これに那智の青岸渡寺を加えて捉えるのが本来だそうで、2004年には「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産として世界遺産に登録されまし………………~続きを読む~
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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】終章 那智決戦、果無山のあやかし達と不死の霊泉

裏那智飛瀧 あれは――“那智の滝”だわ……。 ゆうに100mは超えようかという垂直の断崖に、巨大な白い瀑布が轟音を立てている。その長大な落水は空中で霧となって吹き付け、わたしの頬に無数の粒子が降り注いできた。 シララさんに導かれて結界の裂け目を通り抜けたわたしたちは、新宮城から那智山中へと移動したのだ。が、もちろんここも現実の空間ではない。うつし世とかくり世の境界に位置する、間あわいたる世界。 ………………~続きを読む~
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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】第12章 紀伊のローレライと裏九鬼船団。新宮城のあらたなる丹鶴姫

裏九鬼船団 いま、生まれてはじめてクルーザーというものに乗っている。 青というよりは銀鼠ぎんねずに横たわる海面をかき分け、白い航跡をひいて船はひたすら南へと下っていた。 広大な山地を抱く紀伊は「木の国」と例えられることがあるが、同時に長大な海岸線をもつ「海の国」でもあった。県の北部から東部一帯にかけては山の結界がメインだけど、この海に対しても強力な防御が施されてきたという。 それを司るのが、………………~続きを読む~
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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】幕間 あやかし文化財レポート・その8

「……具合はどうですか?ユラさん」 瀬乃神宮ご用達である東堂医院の病室で、わたしはおそるおそる彼女に声をかけた。 白い浴衣のような療養着姿のユラさんはベッドに身を起こし、窓の向こうの紀ノ川を眺めている。長い髪を結ばずに垂らした様子は、初めて目にする髪型かもしれない。 激しくも優雅な龍弦演奏の裏で、ユラさんの身体には言語に絶する負荷がかかっていた。剣術を通じて厳しい鍛錬を積んでいるユラさんでも、霊力………………~続きを読む~
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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】第11章 岩橋千塚と常世の仙果。龍追う人と幻の南葵楽譜

南葵なんき楽譜と音色の結界 「コンサートって……あのコンサート?ですか?」 差し出されたチケットを前に、きょとんとしたわたしはまた阿呆のような質問を繰り出す。 「そっ。ええですよお。野外で聴くクラシック。紀伊といえば音楽、音楽といえば紀伊やさかい」 初めて聞くようなことをにこにこしながら嬉しそうに語るのは、久々のオサカベさんだ。いつものようにふらりとcafe暦にやってきて、唐突にわたしとユラ………………~続きを読む~
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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】幕間 あやかし文化財レポート・その7

「ねえユラさん。このお店の名前とその本って、なにか関係あるんですか?」 お客さんがはけた午後、わたしは久しぶりにcafe暦を手伝いながら前から気になっていたことを聞いてみた。 ユラさんが目を落として指先で紙面をなぞっている、手づくりの和綴じ本。以前に彼女はこれを「完全な暦」と呼び、陵山古墳や裏高野の結界を張り直す日取りを決めるためにめくっていたのだった。 「うん?そうやね。お祖父さんが名付けたんや………………~続きを読む~
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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】第10章 臨海学校と真白良媛の悲恋。蘇る西牟婁の牛鬼たち

真白良媛ましららひめ 「このお店はね、私のおじいちゃん…橘宗月そうげつが始めたんよ。お神酒の振る舞いはあったけど、世の中があんまり日本酒飲めへんようになってったさかい。カクテルにしたらどうかって」 bar暦のカウンターで、ユラさんはぽつぽつと家族の話をしてくれるようになった。紀伊各所の鎮壇を再地鎮していく任務を帯びてからというもの、ユラさん不在の時は多くなった。 けれどこちらに帰っている間は、他の………………~続きを読む~
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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】幕間 あやかし文化財レポート・その6

湯船に身を沈めると、ゆるゆると身体が溶け出していくかのようだ。 思わずうめき声をもらしそうになるけど、隣のユラさんは傷の痛みに耐えつつ湯に身を浸している。 ここは田辺市の“龍神村”。 海辺の田辺市街と高野山の中間くらい、大和との境に沿った山中の村だ。その名の通り龍の神を祀る祠や神社があり、かつて大陰陽師・安倍晴明が訪れた伝説も残されている。その痕跡は晴明神社や、彼があやかしを封じたという猫又の滝な………………~続きを読む~
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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】第9章 中辺路の河童、ゴウラの伝説。天地の松と永遠の狛犬

歪な結界 「えっ、和歌山にもカッパっているんですか?」 実に意外に思って、ユラさんに訪ねた声がつい大きくなる。 「ちょっ、あかり先生、声」 cafe暦のテラス席で、ユラさんがちょっとあわてて人目を気にするのがなんだかおかしい。 まあまあ、これだけ聞かれたところで妖怪と遠野物語が好きな女子たちと思って、生温かい目で見てもらえるだろう。 紀伊各地の鎮壇を再地鎮する任務を帯びたユラさん………………~続きを読む~
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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】幕間 あかり先生の歴史講座 〜高野山のはなし〜

――はい!皆さんごぶさたしています! 久しぶりの授業なのですが、やっぱり教科書は使いません! さて今日は、高野山について少しお話しましょう。和歌山の皆さんにはもしかするととっても身近かもしれませんが、わたしのような遠く離れた土地の者から見ると、もうめちゃくちゃにエキゾチックなのですよ。 高野山の成り立ちなんかは、いまさらわたしが言わなくても皆さんよくご存じだと思います。そこで今回は、昔の高野僧団の………………~続きを読む~
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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】幕間 あやかし文化財レポート・その5

今夜は特別オープンのbar暦に招待を受けている。 日数だけでいえばあれからそんなに経っているわけではないのに、めちゃくちゃ久しぶりな気がしてなにやら緊張してしまう。 普段は神社のカフェとして営業しているこのお店も、とっぷり日が暮れた後の姿は別の顔だ。 カリンコリンっとベルの音を立ててドアを押し開く。 「いらっしゃいませ」 涼やかな声音で迎えてくれるのは、ネクタイにウエストコートの女性バ………………~続きを読む~
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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】第8章 消える伊都の梵鐘。最凶のあやかし“一ツ蹈鞴”の胎動

梵鐘消失事件 不可解な事件が、新聞の地方欄やローカルTVを賑わせていた。 県北の伊都地方で梵鐘、つまり寺社の釣鐘が次々と消えたのだ。しかし鐘楼や鐘撞き堂から忽然と姿を消したそれらは、少し離れた水田の中や線路脇などといった脈絡のない場所で後に発見されている。 愉快犯、という説は根強い。だが、釣鐘というものはとんでもなく重い。口径が50cm位のものだと、その重量は実に100kg近くにもなるそうだ。単な………………~続きを読む~
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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】幕間 あやかし文化財レポート・その4

「伊緒さん。スモークチキンのサンドイッチ、めちゃくちゃおいしかったです!」 不動山からの帰りがけ、cafe暦に寄ったわたしはまっさきにお弁当のお礼を言った。 「そう。よかった」 店長代理の伊緒さんはにっこり笑い、目の前でコーヒーをドリップしてくれた。 「マスターは元気かなあ」 伊緒さんが言うマスターとは、もちろんユラさんのこと。ユラさんが天野へ発つまでの間、お店の仕事の引き継ぎでレクチ………………~続きを読む~
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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】第7章 不動山の巨石と一言主の約束。裏葛城修験の結界守

cafe暦の店長代理 ユラさんと天野へ行く少し前のこと。 cafe暦を閉めてほしくないばかりに、「ハローワークに求人出して腕のいい職人を探せ」と酔ってくだを巻いたわたしはけっこう責任を感じていた。 もちろんユラさん不在の間、マスターの代わりが務まる人を、ということだ。しかし、瀬乃神宮の結界守としての本質上、適格者は限られてくるのでおいそれと大々的な求人なんて出せるわけがない。 が、その辺りは………………~続きを読む~
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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】幕間 あやかし文化財レポート・その3

里へと下りるバスを待つ間、わたしはまたあの太鼓橋の上にいた。 たった7日。でも、確実にわたしの人生を変えた7日。 言葉にして表すのが容易ではない様々な思いも、やがて自分の中で整理できる日が来るという確信がある。 後ろの気配に、やっぱりという思いで振り返ると、ちとせさんが初めて会ったときのようにスマホで自撮りをしている。でも、画面に写るその顔は、なにやら晴れやかだった。 「鏡はね、もうやめたの………………~続きを読む~
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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】第6章 丹生都姫と八百比丘尼、裏天野の無陣流剣術

千鳥の盃 小糠雨があじさいを艶やかに濡らし、幾億もの水滴がその球に世界の形を映し出している。 樹々の間を縫って次から次に湧き立つ霧は白く清浄で、小さな龍に姿を変じてたゆたうかのようだ。 初夏とはいえ、雨に降り籠められたここは寒い。紀伊国一之宮、丹生都比売にうつひめ神社が鎮座する天野の里は。 小屋根の廂ひさしから無限に落下する雨垂れを、ただぼんやりと眺め続ける。その向こうには見事な半円を描いた………………~続きを読む~
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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】幕間 あかり先生の歴史講座 〜隅田党武士団のこと〜

はい。みなさん、ごきげんよう!教科書は――そう、今日も使いません! さてさて、今回は北条時頼とともに紀ノ川の大鯰と戦った、“隅田党”のお話です。 和歌山県橋本市の東、奈良県五條市との境あたりにその名も“隅田”という地域があります。在地の武士団を育んだ土地で、氏神の隅田八幡神社は国宝の「人物画像鏡」を伝えたことでも有名ですね。この銅鏡は現在、東京国立博物館で展示されています。 この地を拠点とした“隅………………~続きを読む~
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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】第4章 空海の大蛇封じと、裏高野の七口結界

裏高野 なんだか久しぶり、というよりはきっぱりとまだ2回目だ。「bar 暦」のカウンター席に着くのは。 なので白いシャツにネクタイ、そしてウエストコートというバーテンダー姿のユラさんを見るのも、これが2回目。まったくあたり前のことなのだけど、初めて彼女に会ったときのこの衣装への印象がすごく強くて、なんともいえない感慨のようなものを感じてしまう。 「あかり先生、なに飲まはる?」「うーん、何かさっぱり………………~続きを読む~
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