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第四椀 「副菜」と呼ばれる小鉢には、伊緒さんの愛があふれていました

小説
撮影:三條すずしろ
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「これ、ものすごくおいしいです」
 僕はそう言って、しげしげと箸でつまんだ緑の野菜を観察した。
「そう、よかった」
 伊緒さんがいつものとおり、テーブルの向かいでにっこり笑う。
 ほうれん草よりもうちょっと無骨で、なんとなくとっつきにくい様子の葉物野菜。
 栄養は満点だが、やや人付き合いが苦手で、そうやすやすとは他の料理に参画してくれない。
 比較して申し訳ないけど、たとえばほうれん草だったらおひたしでもバター炒めでも、お味噌汁の具でもグラタンでも、どんな料理にだって自然に溶け込んで、なおかつ自己主張も忘れない。
 さらには某国水兵の筋力をパンプアップするという、摩訶不思議な効果まで報告されているのだ。
 それを思うと、この小松菜さんという方は…。
 文武両道の委員長タイプで、本当はもっと仲良くなりたいのだけど迂闊に「LINEしてる?」などとは聞けない雰囲気をかもしだしている。
 なんとなく、アブラアゲなんかと一緒にさっと炊き合わせて、渋めの居酒屋の突き出しとして出てくる、という以外の調理法がこれまでは思いつかなかった。
 でも、伊緒さんはこの小松菜さんといとも簡単にともだちになってしまったのだ。
「味付け? さっとゆがいて水気をしぼって、ポン酢とオリーブオイルをかけただけよ」
 手抜きでゴメンネ、みたいな顔でぺろっと舌を出す伊緒さんが、とっても愛らしい。もう一回その顔をしてほしい。
「上にパラパラっとかかってるのは何ですか」
 なにやらカラフルな、ふりかけっぽいものも小松菜にトッピングされていたのだ。こはいかにいかに。
「ああ、それはクレイジーソルトよ。ハーブ入りのお塩のこと」
 手抜きでゴメンネ、と、伊緒さんがもう一回ぺろっと舌を出す。よしっ。
 ポン酢の酸味とオリーブオイルのフルーティーな香りが、小松菜の苦味をくるんでとても食べやすい。
 なおかつ、クレイジーソルトのパンチのある塩気が合体して、なんともいえないボリューム感を小松菜に与えているのだ。もともと歯ごたえのある野菜なので、これで一挙に存在感のある料理になっている。
「これ、ご飯のおかずにすごくいいです。あと、きっとお酒のおつまみにも合いますよね」
 たいして飲めないくせに、したり顔でそう言ってみた。下戸でもなにやらビールを開けたくなるような味わいだ。
 100%「和」という感じの野菜だと思っていたのに、こんなにおしゃれで華やいだ顔を見せるなんて・・・。
 とんだツンデレだったのだ、小松菜さんは。
 もうひとつの小鉢をのぞいてみると、なかには切り干し大根が入っていた。
 僕は実は切り干し大根が好物で、定食のおかずに並んでいると嬉しくなってしまう。
 箸をのばして口に含み、噛みしめた瞬間おどろいた。
 パリッ、パリッ、といなせな音と意外な歯ごたえがあるではないか。これはいったい・・・?
「切り干し大根のサラダよ。意外とおいしいでしょう?」
 なんと、伊緒さんは水でもどした切り干し大根を、炊くのではなくドレッシングで和えてサラダにしたのだという。
 今回はイタリアンドレッシングだが、やや酸味のあるもののほうが相性がいいそうだ。
 乾物をサラダにする、という発想はなかった。でもこれなら、非常時に生野菜がなくても満足感のあるサイドメニューになってくれる。
 ううん、おいしい。これもまた、どちらかというと地味でおとなしめだったあの娘が、ダンスパーティーの夜に華麗に変身して衆目を集めたといったところか。実に洋ドラっぽいではないか。
「そういえばね、韓国のおもてなしではね」
 伊緒さんがふと、楽しいことを思い出したように声を弾ませた。
「テーブルいっぱいに、隙間がなくなるまでお料理を並べるんだって。わたしもがんばらなきゃ!」
 もう十分、もてなしていただいています。伊緒さん。
 小さなお鉢に込められた愛情が、テーブルいっぱいにあふれているのが僕には分かります。
 シャキシャキ、パリパリと小松菜と大根を交互に口に運びながら、もう一回くらいぺろっと舌を出してくれたりしないかなあ、と僕はよからぬことを考えてしまうのだった。

前のお話:
第三椀 伊緒さんのハンバーグは子どもはおろか、大人だって小躍りして喜ぶのだ

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