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第五椀 「レバーの唐揚げ」。敬遠していたレバーが、大好物になりました

小説
紺色らいおんさんによる写真ACからの写真
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 食べものの好き嫌い、というのは少ない方だと思うのだけど、レバーはどうにも得意ではなかった。
 肉ともホルモンともつかない不思議な食感で、噛めば噛むほどもっちゃりと口中の水分を奪われる感じが好きになれなかった。
 しかも、調理がまずいと生臭さがツンと鼻に抜けて、もう食欲をなくしてしまう。
 僕だけじゃなくて、レバーが苦手だという人は結構多いんじゃないかと思う。
 でも・・・。

「わあ、今夜は鶏の唐揚げですか!」
 目の前でまだじうじうと音を立てて、食欲をそそる香ばしい匂いを漂わせている揚げ物に、僕は思わず歓声をあげた。
 何を隠そう、鶏の唐揚げは「僕の思うごちそうベスト5」には必ずランクインする大好物なのだ。
 紙を敷いたお皿に揚げたての料理を盛りながら、伊緒さんがにっこり笑う。
「ふふふ。はんぶん正解!」
 え、半分? と聞き返す僕に彼女はもう一度笑いかけ、
「さあ、アツアツをいただきましょう」
 と、テーブルの真ん中にでん、とお皿を据えた。
 二人同時にいただきます、と唱えてさっそく唐揚げを箸でつまむと、
「んむっ・・・?」
 さくっと、次いでふわあっとした食感のすぐ後に、とっても濃厚な旨みが口いっぱいに広がった。
 スパイシーなにんにくの香りとあいまって、肉汁を煮詰めたような強いコクが舌を喜ばせる。
「伊緒さん、これって」
「そ。レバーよ。鶏さんのね」
 だから、さっきははんぶんだけ正解。
 そう言って伊緒さんはにっこりと笑った。
 レバーの唐揚げだなんて、思いもよらなかった。
 水にさらして血抜きしたレバーを、醤油・みりん・酒・ショウガ・ニンニクに漬け込んでおき、片栗粉をたっぷりまぶしてカラリと揚げるのだという。
 これは、おいしい!
 とにかく口当たりがふんわりとしていて、僕が苦手に思っていたレバー特有の、粘りつくようなもったりした感じがまったくない。
 それにスパイスに漬け込んでカラリと揚げているせいか、血生臭さや鼻につくようなクセもなくなっている。
 かじりついたレバーの断面を見てみると、細かい気泡状の穴が無数にあいていた。
 これのおかげでふんわりした食感になったのだろう。
「レモンしぼってもおいしいよ!」
 伊緒さんが、すっと一方の手で壁を作りながら少しレモンをしぼってくれる。
 そのまま、うりうり!とレモン汁を目にかけようとするのはお約束だ。ああ、もう可愛い。
 さっぱりした酸味が味を引き締めてくれるのは鶏の唐揚げも同じだけど、このレバーの唐揚げにはことのほか合うようだ。
「このお料理はね、かつて南極探検に行った人の本に書いてあったの」
「へえ、南極料理人さんですか」
「そうなの。その本に載ってるお料理って、どれもみんなおいしそうなのよね」
 伊緒さんが夢見心地のような顔で、うっとりと思いを馳せている。
 南極探検で料理を担当する専門の人のことは、僕もきいたことがある。
 海上自衛隊や海上保安庁、または一流ホテルのレストランなどから選抜された、調理のプロだ。
 彼らは限られた食材を用いて、超低温という極限状態で調査にあたる隊員たちの栄養面での体調管理を一手に引き受けなくてはならない。
 しかも、長期におよぶ南極生活において、生鮮食品を使えるのは最初期だけだ。
 冷凍品や乾燥品、または現地の基地内で水耕栽培された野菜などを巧みに使って、栄養バランスと味わいを両立させなければならないのだ。
「レバーの唐揚げを南極で作ったかどうかはわからないのだけど、その人の本によるとレバーが嫌いな人でも食べられたって書いてあったの。だから、晃くんもきっと気に入ってくれるかなって思って」
 そうか、伊緒さんは僕が苦手なものでもおいしく食べられるように工夫してくれたんだ。
 しかも南極料理人の技まで使って・・・。
 なにやら目頭が熱くなってしまう。
「すごくおいしいです。レバー、好きになりました」
 僕はレバーの唐揚げをほおばりながら、またひとつ好物が増えたことを宣言した。
「そう、よかった」
 伊緒さんがにっこり笑って、僕の小皿に唐揚げを取り分けてくれる。
 ふいに、さっき絞ったレモンで、うりうり!と再び果汁攻撃をしかけてきた。お茶目なのだ、伊緒さんは。
 でも今度はまともに目に入っても大丈夫だ。
 嬉し泣きしても、ごまかすことができるから。

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第四椀 「副菜」と呼ばれる小鉢には、伊緒さんの愛があふれていました

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