小説

広告
小説

第三十九椀 土曜のお昼の「ソース焼きそば」。かつて土曜は半ドンでした

 "半ドン"という言葉が通じるのは、もしかしてぼくたちの世代が最後なのかもしれない―――。 そう思ったのは会社に数年振りに新卒の人たちが入社してきて、研修の一部をぼくが担当したことに由来する。 「まあ、比較的年齢が近いだろう」くらいの理由で白羽の矢が立ったのだけど、どうしてなかなか、世代の違いを感じざるを得ない。 イチバンの要素はやっぱり言葉だ。 彼ら彼女らの言っていることが分からないのではなくて、こちらが使う言葉………………~続きを読む~
小説

第四十椀 デミ香る「ハヤシライス」。洋食界の裏ボスはこれできまり

 世の中にはよく似てるけど実はぜんぜん違う、というものが結構あるようだ。 たとえば、 「チーター」と「ヒョウ」「りんご」と「なし」「ゼロ戦」と「隼」  などがパッと思い付いた。 最後のはもちろん、歴史的にも有名な航空機なのだけど伊緒さんいわく、 「ゼロは海軍、隼は陸軍の戦闘機よ。よく似てるうえにエンジンも同じだったそうだから、混同してしまいそうね。そもそも両者の設計思想の違いは(以下略)」 だ、そうだ。………………~続きを読む~
小説

箸休め おみやげに「苺のタルト」。伊緒さんが喜ぶとぼくも喜びます

 ここに酔っぱらって帰宅するサラリーマンがいたとします。 おそらく接待か何かだったのでしょう。 一応はお仕事の範疇であり、気は遣ったのでしょうが悪いお酒ではなかったようです。 その証拠に、千鳥足ながらも実に機嫌よく、歌なんか口ずさんじゃったりしています。 歳の頃は40代後半、お家にはあまり会話もなくなってしまった奥さんと、難しい年頃の娘さんがいます。 しかし彼の足取りはあくまで軽いのです。 誠心誠意の接待が功を奏し………………~続きを読む~
広告
小説

第四十一椀 脇役じゃないよ「香の物」。真のおかずにしてご飯の盟友です

 小さな小さなお皿に、ちんまりと盛られて出てくるお漬物。 定食のお膳にも必ず付いているけど、ある種のお料理とふさわしいペアを組んで登場することもしばしばだ。 お蕎麦には野沢菜漬け、うなぎには奈良漬け、海苔巻きには生姜の甘酢漬けなんかがぴったりだし、カレーにらっきょうや福神漬けも範疇に入るだろう。 そんなお漬物のことを、「香の物」というお洒落な名前で呼ぶことはよく知られている。 「お新香」とか「おこうこ」なんかもこれ………………~続きを読む~
小説

第四十二椀 揚がれ!「とんかつ」。おかずの王よ。この火加減は勝負です

 さあ、揚げるわよ。  ようございますね。  ようございますね。  では。  入ります。  長い黒髪を後ろできりりと引き結び、真っ白な割烹着に身を包んだ伊緒さんが油鍋と対峙している。 祓えに臨む神職のようにも、はたまた立合いに赴く剣士のようにも見えるその佇まい。 おいそれと声をかけるのもはばかられるほど、真剣そのものの気魄に満ちている。 この状態の伊緒さんを、ぼくは「真の本当の本気」と………………~続きを読む~
小説

第四十三椀 うれしはずかし愛妻弁当。人生の先輩が語る結婚生活の極意とは?

 会社では外回りに出ることも多く、お昼ごはんはほとんど外で食べている。 とは言っても、いつも決まった時間に食べられるとは限らないし、節約のためにもついつい簡単に済ませてしまうことが多い。 ランチは働く者にとって大きな楽しみであり、お昼時ともなればどのお店も勤め人でいっぱいになる。 定食や丼もののチェーン店からファーストフード店はもちろん、夜がメインの料理屋さんでも日替わりランチなんかを用意していて、安くておいしいも………………~続きを読む~
小説

第四十四椀 春らんまんの「たけのこご飯」。伊緒さんの故郷に筍はなし?

 たけのこが好きだ。 これはぼくが子どもの頃からの一貫した好物で、どんな状態のものを見てもノスタルジーを感じてしまう。 八百屋さんにごろん、と陳列されているもの。 竹やぶからにょっきり野放図に生えてきたもの。 ラーメンにメンマの状態でちょこんと乗っかっているもの。 どれもこれも実にステキだ。 まずもって形がかわいい。 幾重にも着物を羽織ったような不思議な皮の感じがおもしろく、藪でぴょこんと顔を出しているのを見つける………………~続きを読む~
小説

第四十五椀 最強の甘味「クリームあんみつ」。これはつまりフルアーマーです

 和菓子には欠かすことのできない「あんこ」。 ご存じのとおり、炊いたあずきなどをお砂糖や水飴と練り合わせたものだ。 これがなきゃできないお菓子がたくさんあるという、とっても重要な加工品で、ぼくも伊緒さんも大好きな甘みだ。 海外の人に 「アンコってなんだい」 と聞かれたとき、とっさに  「豆のジャムかなあ」 と回答したけどだいたい合っていると思う。 あずきだけではなくて、赤インゲンや白インゲン、エンドウ豆なんかもよく………………~続きを読む~
小説

箸休め 「2人で焼き肉行くと本物の恋人」。関西の古い言い伝えです

 わたしが内地(本州)で暮らすようになって悲しかったこと。  "ザンギ"が通じなかったこと。  カップ焼きそばにスープがついていないこと。  スーパーにジンギスカンが売っていないこと。   ほかにも細かいことはいろいろとありましたけど、この3点については本当に悲しく思ったものでした。 ザンギについては外ではなるべく"からあげ"というようにして、ひとりのときにザンギザンギと唱えていました。 カップ焼………………~続きを読む~
小説

第四十六椀 ちょっと太った!「酢の物」導入で緊急対策。でも運動も大事です

 ある日緊急招集がかけられ、ぼくと伊緒さんの全人格が一堂に会するという、非常事態が発生した。 「みなさん、よくお集まりくださいました。これより秋山晃平・伊緒両名による全人格会議を開催します。本日の議題は、こちらです」 議長役の伊緒Aさんが合図をすると、ばばーん、と前方のスクリーンにふたつのグラフが映し出された。 片方はぼくの、もう片方は伊緒さんに関わる数値が記されている。 なにかというと、それは「体重」。 ぼ………………~続きを読む~
小説

第四十七椀 皮も手づくり「もっちりギョーザ」。お部屋に初訪問って緊迫です

 初めて伊緒さんの部屋にお邪魔したとき、本当に緊張したのをよく覚えている。 その時はまだ正式にお付き合いしているわけではなくて、本とかマンガとかの貸し借りを通じてだいぶ仲良くなってきたかなあ、という程度の関係だった。 なので"伊緒さん"なんてなれなれしく呼べるはずもなく、旧姓である「上月(こうづき)さん」と呼んでいた。 珍しい苗字だし、字面がなんかかっこいいので彼女の雰囲気によく似合っていると思ったものだった。 彼………………~続きを読む~
小説

第四十八椀 ほっとする味、「厚揚げの炊いたん」。関西弁の不思議に迫ります

「ねえねえ晃くん!関西では煮物のこと"タイタン"って呼ぶってほんとう?」 伊緒さんが目をキラキラさせて質問してくる。 じつに曇りなきまなこだ。 だが、曇りなきがゆえにこれは少々面倒な問題でもある。 伊緒さんが想像している"タイタン"というのはつまり、土星の衛星だったり"チタン"の語源だったりする古代ギリシアの神々のことだろう。 タイタン、つまりティターンはオリュンポス十二神に先立つ古代の巨神一族であり、その末子クロ………………~続きを読む~
小説

第四十九椀 お疲れに「レバニラ炒め」。心身のストレスもすっ飛ばします

 疲れた。 あんまり疲れた疲れたと口に出すのもよくないのだけど、今日はほんとうに疲れてしまった。 会社ではこってりと神経をすり減らし、ようやく仕事を終えて家路につくと、そんな時に限って電車はいつにも増して混んでいる。 超満員、乗車率120%、立錐の余地もない、さまざまな表現があるけれど、実際に経験しないとわからないだろう。 人間同士が直方体の箱にぎゅうぎゅう詰めになり、四方八方から圧迫されて、とんでもない格好のまま………………~続きを読む~
小説

第五十椀 囲もう鉄板!「お好み焼き」。伊緒さんの従姉妹、瑠依さん登場

 お家に帰ると伊緒さんが2人いた。 「おかえりなさい」 と同時に声をかけられて、少々たじろいでしまう。 白いワンピース姿でニコニコしているのは、いつも見なれたぼくのお嫁さんである伊緒さんだ。 黒に見えるような濃紺のチュニックをまとった方の伊緒さんは、怜悧な表情で「ごぶさたです。お邪魔しています」と言ってぺこりとおじぎをした。 一見そっくりな2人だけど、黒伊緒さんは縁なし眼鏡の奥に切れ長の目、そしてにこりともしないク………………~続きを読む~
小説

箸休め ところてんは何の味?酢醤油vs黒蜜、文化の違いが面白いのです

 北国も北国、日本列島のとっても北の方で育ったわたしは、縁あって関西育ちの男性と結婚しました。 お互いに異なる文化圏で育ったわたしたちの結婚生活では、主に食文化の面でいろいろとおもしろい食い違いが生じたのです。 まず、味付けの濃い・薄い、という問題がありました。 結婚当初、彼にとってわたしの味付けは濃すぎるようで、でも希望通りにすると「味がしねえ」と思ったものでした。 ところが慣れというのはたいしたもので、いまやわ………………~続きを読む~
小説

第五十一椀 「たまご焼きのサンドイッチ」。一緒に博物館へ行きましょう

 歴史ライターのお仕事をしている伊緒さんが、もともとどんな時代やモノに興味があったのか、これまで考えてみたこともなかった。 ぼくももちろん歴史は好きなのだけど、それは坂本龍馬が好き、とか織田信長が好き、といったくらいの淡くささやかなものだ。 小説の設定として幕末史に焦点を当てたことがあるけれど、それはあくまでも取材であって研究ではない。 でも、伊緒さんがしていることは研究だったということにようやく気が付いた。 先日………………~続きを読む~
小説

第五十二椀 「揚げナスの田楽」。伊緒さんの研究は”精進料理”がキーワード

 まったく思いもかけず、彼から博物館に考古遺物の特別展を見に行こうとのお誘いを受けたのは、わたしにとってものすごくうれしいことでした。 考古学は専門ではありませんでしたが、学生のとき最初に習った概論を思い出し、夢中になってしゃべりながら彼と観覧したものです。 それはわたしにとって、古代の人がつくりだした数々のモノが放つ存在感に畏敬の念を新たにし、歴史を学び始めた頃の新鮮な感動を呼び起こしてくれる体験になりました。 ………………~続きを読む~
小説

第五十三椀 お祝いの「大盛りエビチリ」。文学賞でいいとこまでいきました

 応募していたある文学賞で、最終選考まで残った。 ぼくがいくつかの作品を発表している、小説投稿サイトが主催する文学賞だ。 これまでは三次選考通過というのが最高記録だったので、一歩前進したという確かな手応えを得ることができた。 まだなじみの浅い新しい文芸ジャンルの賞だったけれど、作品の応募総数は500点を超えるという盛況ぶりだった。 最終選考に残ったものは大賞候補作品とされ、その7作品のうちのひとつにぼくの小説が選ば………………~続きを読む~
小説

第五十四椀 ほっこり郷土料理「茶粥」。伊緒さんも落ち込むことがあるのです

 ちょっと落ち込んだせいか、めずらしくカゼをひきました。 わたしは在宅で歴史関係の記事を書くライターをしていますが、お家にいるばかりではなくて、ときおり取引先の方と対面しなくてはなりません。 企画会議であったり、打合せであったり、内容はさまざまですが気が重いときもあるのです。 わたしが関わっているお仕事では通常、編集プロダクションなどが請け負う場合はチームで動くのがセオリーです。 編集者・ライター・校正校閲者が一組………………~続きを読む~
小説

第五十五椀 2度づけ厳禁!「大阪名物・串カツ」。でも夫婦なら大丈夫です

 「事実は小説よりも奇なり」という言葉があるけれど、まさかと思うような出会いを経験した。 それは仕事で大阪のある出版社を訪ねたときのこと。 ぼくの勤める会社では社史の制作サービスも行っており、創業者の方に取材をするためその会社を訪問したのだった。 大阪の都心部というのは、多くのイメージに反して実はすっきりと洗練された雰囲気をまとっている。 その昔「水都」と呼ばれた名残りで"~橋"という地名が多く、かつては縦横無尽に………………~続きを読む~
広告