競技やスポーツではなく、戦闘技術として編み出されてきた古武道。
「武芸十八般」と称されるように剣術・柔術・槍術・弓術・馬術等々、多岐にわたる技術体系が発展してきました。
そんな古武道のなかには、成立した時代背景を思わせるさまざまなシチュエーションを想定した技が残されています。
現代人の感覚からは不思議に感じられるものもありますが、いずれも貴重な身体文化として興味が尽きません。
今回は古武道のうち、そうした「変わった技」のいくつかをご紹介したいと思います。
闇夜の戦闘:無双直伝英信流居合術「信夫(しのぶ)」
一つ目は居合術の流派「無双直伝英信流」より、闇夜での戦闘を想定した「信夫(しのぶ)」という技です。
動線を外しつつ抜き出した刀の剣先でわざと地面を叩くことで敵にこちらの位置を誤認させ、その瞬間に斬るのが大まかな流れです。
暗闇で視覚が十分に働かないため、聴覚を頼りに神経を研ぎ澄ませていることを逆手にとった技といえるでしょう。
棚の下から…⁉:無双直伝英信流居合術「棚下(たなした)」
同じく無双直伝英信流居合術より、「棚下(たなした)」という技をご紹介します。
文字通り棚の下に身を潜めた状態から抜刀するという珍しい技ですが、つまりは棚の下や縁の下など頭がつかえるような天井が低く狭い場所から這い出て敵を斃す想定です。
空間的な制限から通常の抜刀ができないため、地に伏すような低い姿勢のまま攻撃動作に入っていく特殊なシチュエーションといえるでしょう。
上意討ちの技:夢想神伝流「暇乞(いとまごい)」
現代居合道に大きな影響を与えた夢想神伝流からは、いわゆる上意討ちを想定した「暇乞(いとまごい)」という技をご紹介します。
主君の命を受けて使者として敵方に赴き、挨拶の際に相手の害意を察知して座礼の途中で抜刀して真っ向に斬り下げるというもの。
敵方の階級や地位によってこちらが抜刀する際の礼の角度に違いがあるといい、3つのパターンが解説されることがあります。
最上級の礼では深々と頭を下げた姿勢から抜刀するようです。
なお、夢想神伝流は先述の英信流などと源流を同じくしており、同系統の技が英信流等にも存在しています。
寝室での戦闘:神道夢想流杖術「寝屋の内(ねやのうち)」
棒術の一種、神道夢想流杖術から「寝屋の内(ねやうのうち)」という技をご紹介します。
寝屋とは寝室のことですが、つまりは室内の狭い空間で敵を迎撃することを想定した技です。
刀を構えて立って向かってくる敵を正座で迎え撃つのが特徴で、低い位置から足首の内くるぶしを強打して継戦能力を奪います。
他の古武道流派によっては実際に眠っている最中に襲撃された場合を想定した技もあり、無防備な状態で防御・反撃に転じることが大きな課題の一つだったことを思わせます。
なお、神道夢想流杖術は宮本武蔵を唯一破ったとも伝えられる流派です。
細い道での戦い:神道夢想流杖術「細道(ほそみち)」
同じく神道夢想流の「細道(ほそみち)」は、その名の通り細い道で戦うことを想定した技です。
左右に武器を振り回すことができない限定された空間を意味していることから、最初の構えも杖を肩に担いで自分の身幅から出ないようにしています。
狭い場所での戦闘というシチュエーションは他の古武道流派でも散見されることから、現実性のある想定だったのでしょうね。
笠をかぶっての戦闘:神道夢想流杖術「笠の下(かさのした)」
もう一つ神道夢想流から、「笠の下(かさのした)」という技をご紹介します。
頭にかぶるタイプの笠を身に着けたまま戦う技で、屋外を移動中に会敵した場合を想定したものと考えられます。
笠をかぶっていると武器を自在に振り上げることが難しいため、肩に水平に担ぐよう構えるなど動作に制限がある中で巧みに杖を扱うよう構成されています。
なお、神道夢想流杖術はいわゆる逮捕術として発展して警察にも採用され、「杖道(じょうどう)」なる現代武道としても普及しています。
おもてなしの途中で…:荒木流拳法「三曲之段(さんきょくのだん)」
荒木流拳法という珍しい流派から、これまた珍しい「三曲之段」という技法群をご紹介します。
この「拳法」とは中国武術の拳法ではなく柔術や体術の異称といったニュアンスで、荒木流は素手だけではなくさまざまな武器術を伝えています。
三曲之段は3つの形で構成されており、三宝に載せた盃を薦めた相手の害意を感じ取った場合に即座に制するという技です。
敵が右手で盃を取った場合の「右位之曲(ういのきょく)」、左手で取った場合の「左位之曲(さいのきょく)」、盃を取らない場合の「取位之曲(しゅいのきょく)」がその内訳です。
取位之曲に至っては手に捧げ持った三宝を敵に投げ付けるという豪快な技ですが、饗応の最中に戦闘になるという想定には古い時代の凄みを感じますね。
↓30秒頃~2分30秒頃までが「三曲之段」
まとめ
古武道に伝わる「変わった技」のごく一部をご紹介しました。
いずれも戦うことがずっと日常の近い場所にあった時代の、切実な需要から編み出されきた技といえるでしょう。
生々しい想定も多々ありますが、往時の身体文化の一端を知ることで小説など創作の参考にもなるのではと思います。
帯刀 コロク:記
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