胡簶と鞠麿
「……で、なるほど。コロちゃんは猫さんの式神、マロくんはカワウソさんの式神で、こうして人の姿でも活動できる、と」
ユラさんを交えてテーブルについたわたしは、コロちゃんマロくんについての事情を聞いている。
当の二人はとっくに頭の上の耳は引っ込めているけれど、同時に「はい」と返事した声が「にゃい」と聞こえた。
式神、とはわたしがちょっとでもわかりやすいように表現してくれた言葉で、正確には「護法童子」という存在ということだった。
これは密教僧や修験者が従える神霊や鬼神にあたり、西洋の「使い魔」とは異なり主従関係では無いのだという。
コロちゃんはその名を「胡簶童子」、マロくんは「鞠麿童子」というそうだ。
なんでも長きにわたって瀬乃神宮に合力し、“ユラ”の名を継ぐ歴代の結界守とともに戦ってきた大精霊でもあるとの由。
しかし、まあ……二人ともめちゃくちゃかわいい。
かわいさが先行して、いまさら式神とか護法とかいわれても正直驚かない。
わたしもだいぶ色々と麻痺してきたみたいだ。
「でも長生きするもんだねえ。カフェの仕事するなんて、思いもよらなかったよお」
「あたしは当代が未熟なせいだと思ってるけどね」
マロくんがのんびり言うと、コロちゃんがちゃきちゃきと返す。
いいコンビだ。
「まあ、護法さんにカフェ手伝わせるのもあかんかもやけど……。ほとんど私の言うことら聞いてくれへんわ」
ユラさんが苦笑しながらそう呟く横で、「先代はたくさんお魚くれたわね」「六代目はこわかったねえ」「あたし六代目きらいだった」など、きゃいきゃいと歴代ユラの話で盛り上がっている。
いや、ほんとにかわいい。
「ところで、コロちゃんとマロくんに来てもろたんはカフェの手伝いだけやなくって。実はあかり先生の護衛についてほしいんや」
ぱっと真面目な顔に戻ったユラさんがそう言うと、二人はぴたりと話をやめて威儀を正した。
あやかし文化財パトロールが危険を伴うことはもちろんだけど、常にユラさんや刑部さんと行動をともにできるわけではない。
それでも以前に刑部さんが言った通り、わたしはあやかしに”魂の匂い”というものを覚えられてしまったそうで、普段から怪異に狙われる危険が増したのだという。
そこで、胡簶・鞠麿の二童子がある時は動物の姿で、またある時は人の姿で常に怪異から守ってくれるとのことだ。
これは瀬乃神宮への合力を約した神霊としての務めであり、よほど力のあるあやかしでなければ彼らに近づくことすらかなわないのだという。
「当代由良の名において請い願う。古の約に従い、我らに加護を垂れ給う。“雑賀あかり”師を、魑魅魍魎よりお護り候え」
ユラさんがそう唱えると、コロちゃんとマロくんは拳を両腰に当てる独特の礼をし、声を揃えて、
「承って候」
と、古式ゆかしい返答をした。
かくしてわたしは、猫さんとカワウソさんのかわいい精霊に守ってもらうことになったのだった。
「これはまた――。えらい懐かれたもんやね」
ユラさんが珍しく笑ったのは無理もない。
うたた寝からはっと目を覚ましたわたしの膝の上には茶トラ猫姿のコロちゃんが丸くなり、肩から首まわりにはカワウソ姿のマロくんが巻き付いている。
これはたしかに懐かれたといって差し支えないだろう。
あれから二人は、約束通り常にわたしをあやかしから守ってくれていた。
本来の姿である動物型がもっとも活動しやすいらしく、ほとんど猫とカワウソの状態ではあったけど、陰に陽にあやかしへの警戒をしてくれたのだ。
刑部さんの言った通り、わたしはあやかしたちの標的になっていることをはっきり感じる出来事が何度かあった。
耳の奥できんっ、と鍵がかかるような音がして、頭痛や悪寒がしたときは必ず何かの怪異に出くわすのだった。
それは陵山古墳で見た鬼を小さくしたようなものだったり、得体のしれない虫や鳥のようなものだったり、様々な姿をしている。
けれどそれらと遭遇するとどこからともなく護法童子が現れ、鋭くひと鳴きするとどんな怪異も煙のように蒸発してしまうのだ。
道ばたなど陸の上ならば猫のコロちゃんが、川や池などの水辺ではカワウソのマロくんが。
「あかり先生、だいじょうぶ?」
必ずそう言って気遣ってくれる二人の精霊に、わたしも心強く感謝の気持ちでいっぱいだった。
「あの、いつもほんとに…ありがとうございます!それと、“先生”だなんておそれ多いといいますか…。お二人とも神様みたいなもので、数百年?いえ、千数百年?もおわすのでしたら、わたしなんて小娘どころかなんというか。ですので、“あかり”と呼んでください!」
いつかしどろもどろでわたしがそう言ったとき、二人はきょとん、と顔を見合わせると同時に大きくうなずいた。
「出来た人だねえ」
「ええ、出来人だわね」
「護法使いの荒い人や横柄な人もたくさんいたけど……」
「六代目とかね」
「うーん、六代目ねえ」
ああ、六代目の由良様めっちゃ嫌われてるのね。
「僕たちはね、人間が感謝してくれて必要とされるほど力になるんですよ」
「そうよ。古の約はあるけど、気に入った人のためには力を出し惜しみしない」
「なので、僕たちはあかり先生をとても気に入っているから」
「遠慮せず、対等のパートナーとして付き合いましょう」
「でも”先生”はやめて、とのことなら」
「そうね。こう呼ぶのはどう?」
そして、猫とカワウソ姿の二人は声を揃えてこう言った。
「“あかりん”」
かくしてわたしは、新しいあだ名を賜ったのだった。
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