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第四十六椀 ちょっと太った!「酢の物」導入で緊急対策。でも運動も大事です

小説
HiCさんによる写真ACからの写真
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 ある日緊急招集がかけられ、ぼくと伊緒さんの全人格が一堂に会するという、非常事態が発生した。

「みなさん、よくお集まりくださいました。これより秋山晃平・伊緒両名による全人格会議を開催します。本日の議題は、こちらです」
 議長役の伊緒Aさんが合図をすると、ばばーん、と前方のスクリーンにふたつのグラフが映し出された。
 片方はぼくの、もう片方は伊緒さんに関わる数値が記されている。
 なにかというと、それは「体重」。
 ぼくたちが結婚してからの体重の変遷が折れ線グラフできっぱりと見える化されている。
 ぼくのははっきり何kgと表示されているが、伊緒さんのものは高度な政治的判断のためか、「対前年同期比」という形式となっている。
「ご覧のとおり、結婚以来微増傾向にあった我々の体重が、直近の一年間で急増しています」
 会場の全ぼくと全伊緒さんがどよめいた。
 スクリーンのグラフがパワーポイント風に赤くなり、現状の数値の上にドクロのマークが点滅する。
 ぼく自身はたしかに「ちょっと太ったなあ」という自覚はあった。けれど、kg数にしたらたいしたことないように思うし、健康診断でも特に注意は受けていない。
 伊緒さんだって、具体的な数値は見えないけど気にすることなどないのではないか。
「これはゆゆしき事態です。我々は今後どのように対処すべきか、忌憚のないご意見を伺いたくご参集願いました」
 伊緒Aさんがかちりとメガネをずり上げる。
「お話はよく分かりました。だが、まずは確認させていただきたい」
 最初に口火を切ったのはぼくBだ。
 ちょっと理屈っぽくて、”ふんわりとした表現”を決して許さないヤな奴だ。
「このグラフを見ると、たしかに体重の急増が懸念される。しかし、そうであっても十分許容値の範囲内ではありませんか?わざわざ緊急招集をかけるほどの事案ではないでしょう」
 ぼくBの他人を見下したような態度に、ほかのぼくたちや伊緒さんたちからブーイングの声が上がった。
 反論するかのように、次に発言したのは伊緒ツーさんだ。
「数字だけを見ると、たしかに許容値にはおさまっているわ。でも問題なのはこの一年間で急にその比率が跳ね上がっていることじゃない?これはわたしたちの生活習慣に、なんらかの変化が出ている証拠じゃないかしら」
 おお、さすが随一の理論派と名高い伊緒ツーさんだ。
 これを受けて、伊緒ツーさんと仲のいい伊緒スリーさんが新たな資料を提示しながら発言した。
「これは過去一年分の買い物レシートの中から、”嗜好品”の項目をピックアップした一覧表です。当該期間で目に見えて購入量が増えたものが何か、お分かりですね」
 会場全体からため息が漏れた。
 それはお菓子の類いだ。
「内訳を申し上げると、1位がポテチなどのスナック菓子、2位がチョコレート系の甘味、3位が……」
 次々と突き付けられる事実に、ぼくたちと伊緒さんたちは沈痛な面持ちになっていく。
「むう……原因は”アレ”か」
「ええ、”映画大会”でしょうね」
 ぼくCとぼくツーが訳知り顔に頷きあっている。
 たしかに、心当たりがある。
 ”映画大会”とは文字通り、ビデオを借りてきてお家で一緒に観るというシンプルなイベントなのだが、ぼくと伊緒さんがたいへん気に入っている遊びのひとつだ。
 その映画鑑賞のお供についついお菓子を用意してしまう。
 しかも視聴しながらだといつの間にか食べ過ぎていたりするのだけど、意識が作品に集中してしまってあんまり自覚もない。
 でも、映画大会の開催数が増えたのには理由があった。
 ちょうど一年前にぼくは役職について以前より忙しくなり、伊緒さんもライターのお仕事で連載をもつようになって、ふたりのお休みが合わない日が増えてきたのだ。
 午後からだけ一緒、なんてことも多くて、勢いお家で楽しめる映画鑑賞を選ぶようになったというわけだ。
 では、何か映画大会に代わる娯楽にシフトするということか。
「待って。待ってください」
 おずおずと手を挙げたのは、伊緒Bさんだ。
「体重が増えたのはぜんぶ、わたしのせいなんです!ご飯に問題があるんだわ。晃くんがおいしいって言ってくれると嬉しくって、ついつくり過ぎてしまって……。ちゃんとダイエットメニューを研究しますから、だから……だから……お願い、映画大会はやめないで!」
 彼女の悲痛な訴えは、全ぼくの胸を打った。
「伊緒Bさんのせいじゃありません!」
「そうだそうだ!」
「泣かないで!やせますから!」
「好きだああああああ!」
 次々にあらゆる人格のぼくがBさんに駆け寄り、会場は騒然とした。
「静粛に!どうか静粛に願います!」
 議長の伊緒Aさんの静止もむなしく、全ぼくが涙を流してBさんに取りすがっている。
 その時、しゃらりんしゃらりん、と別の伊緒さんが進み出てきて、ふわりと壇上に立った。
「あれは……!伊緒姫さま!」
 伊緒さんの人格のなかでも最古参の、伝説の伊緒さんだ。
 全ぼくはその場にひれ伏し、手を合わせて「ありがたや」と涙を流す奴もいるほどだ。
 なんだかもうよく分からない状態だけど、この伊緒姫さまが事態を収拾してくださった。
「みんなの気持ちはよくわかったわ。では、こうしてはどうかしら。ひとつ、映画大会のお菓子は食べすぎないように、量を決めてお皿に盛ること。ポテチも手作りできるから、今度Bちゃんに揚げないレシピを教えてあげる。それと、食事のメニューにもっと”お酢”を使うこと。伊緒ちゃんたちは酸っぱいものが苦手だから、あんまり酢の物をつくらなかったでしょう。でもおいしくて身体にいいから、ぜひ試してみて。あとはやっぱり、運動も大事よ。お家でラブラブしてるのも楽しいけど、お散歩でもなんでもいいから一緒に動いてごらんなさい。これだけでもきっと効果があるでしょう」
 伊緒姫さまの的確なアドバイスにみんな納得し、会議は無事に閉会した。
 そして、ある日の晩ごはん。

「というわけで、こんなメニューを用意しました」
 伊緒さんがことん、とテーブルに置いてくれたのは「タコときゅうりの酢の物」だ。
 いままでリクエストしたことがなかったけれど、酢の物が好きなぼくは歓声をあげた。
 ごろんとしたタコと、薄切りではなく乱切りにされたきゅうりが存在感を示している。
 しっかり噛んで食べるようにということだろう。
 黒酢を使ってほんの少量のダシと合わせたというその酢の物は、酸味がまろやかでしっかりと旨みがきいてすごくおいしかった。
 酸っぱいものが苦手な伊緒さんも、
「……これなら大丈夫そう。おいしい」
 と、ほっとした顔だ。
 こりこり、ぱりぱりと咀嚼の音も楽しく、口のなかもさっぱりして毎日でも食べたいようなお料理だ。
「すみません。ぼくが太ってしまったばっかりに。でも伊緒さんのご飯のおかげで、すごく元気なんです。もう少し歩いたり動いたり、気を付けるようにしますね」
 頭をかいてそう言うと、
「わたしもポテチは揚げないやつ手づくりする」
 と、伊緒さんが笑った。
「そうだ!今度お休みが一緒の日、近くのお山に登ってみましょう。おむすび持って」
 おお、山登り!
 高校生のとき以来だ。
 家族連れで登れるような低い山でも、気持ちがよかったのを覚えている。
 伊緒さんと登ったらさぞ楽しいだろう。
 カロリー消費も大事だけれど、お気に入りの遊びがまたひとつ増えそうで、なんだか嬉しくなってしまった。

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