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最後の箸休め 伊緒さんが「そうめん」を苦手な理由。里帰りと心の傷あと

小説
hirobirockさんによる写真ACからの写真
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 すごく久しぶりに、ひとりで実家に帰った。
 従姉妹の瑠依ちゃんのお母さん、つまりわたしの母親のお姉さんがちょっと体調を崩して入院してしまったのだ。
 幸いたいしたことはなくて、退院の日取りももう決まっているのだけど、久しぶりなこともあって顔を見に行くことにしたのだった。
 ほんとうは夫も一緒だとよかったのだけど、お仕事が忙しくなっているのでしょうがない。
 なさけないことに、結婚してからというものひとりで遠出するのが心細くてしかたがないのだ。
 自分が育った土地に帰ってきたというのに。
 いつの間にか夫といることがあたりまえになってしまって、その安心感に依存しているのかもしれない。
 あとひとつ本音をいうと、実はあまり気が進まないほんとうの理由があって……。
「伊緒ちゃーん!おかえりー!」
 空港に降り立ってゲートを抜けた瞬間、ものすごく両手を振っている人が目に飛び込んできた。
 わたしの母親だ。
 反射的に引き返しそうになったけど、とりあえず瑠依ちゃんのお母さんに会わなくては。
 わたしは深いためいきをつき、あきらめて母のもとへと向かっていった。
「やいやいやいやー!伊緒ちゃんひさしぶりだねえ!晃平さんはぁ?」
「だから仕事だってゆったしょや!」
 母と会うと、いつもこの調子だ。
 なんというか、わたしはこの人についついつんけんしてしまう。
 もういい歳にもかかわらず、反抗期が続いているのかもしれない。
 汽車(電車ではない。ディーゼル車なのでわたしの故郷ではそう呼ぶ)で向かうといったのに、伯母ちゃんのお見舞いには都合がいいからと、母は空港まで車で迎えにきたのだった。
 楽しそうにしゃべる母に生返事をしながら、どこまでも続く一本道を車窓からぼんやり眺める。
 雄大で、もの寂しい、わたしの故郷。
 母はほとんど女手ひとつでわたしを育ててくれた。
 わたしが生まれた直後に離婚したそうなので、わたしに父の記憶はない。
 物心ついた頃にはそれが当たり前だったので特別なこととは思っていなかったけど、仕事で母がいないのはやはり寂しかったのだと思う。
 かわりに面倒をみてくれたのがおばあちゃんや、これからお見舞いに行く伯母ちゃんで、従姉妹の瑠依ちゃんとはいつも一緒だった。
 わたしの料理のお師匠であるおばあちゃんから直伝されているので、母も料理はすごくうまい。
 けれど、わたしを育てるのに必死で働いていたために、なかなか母娘で手料理を食べるという時間はとれなかったのだ。
 でもそれには例外があった。
 母は時たま、お家に男の人を連れてくることがあった。
 おじさんだったりお兄さんだったり、いろんな人がいたけれど、みんなやさしくてよく遊んでくれたのを覚えている。
 そして何より、そんなお客さんがあった時には母が腕によりをかけて料理をつくってみんなで食べるので、幼いわたしにとっては楽しいイベントだったのだ。
 ある時期に、一人のお兄さんが足繁くうちにやってきていた。
 いま記憶を頼りに思い返してみても、当時の母よりずいぶん若い人だったのだろうと思う。
 わたしはそのお兄さんのことが大好きで、泊まっていってくれた時には朝から遊んでもらえるので、彼の来訪を心待ちにしていたものだった。
 しばらくの間、週末には必ずお兄さんが来てくれていた。もうずーっとうちにいたらいいのに、とわたしは何度も言って、母もお兄さんも笑っていた。
 でも、ある日のお昼ご飯を一緒に食べていたとき、なんだかいつもと様子が違うなあ、とわたしは思った。
 母もお兄さんも全然しゃべらず、けんかでもしたのだろうかと心配していたのだ。
 その時のメニューがそうめんだったのを鮮明に覚えているのは、麺をすする音だけが耳に残っているからだ。
 それ以来、二度とお兄さんが来てくれることはなかった。
 ねえ、お兄さんは今度いつくるの?
 何度も母にそう聞いたけれど答えはなく、その後長い間、そうめんが食卓にのぼることもなかった。
 それから何年かたって、わたしは中学生になっていた。
 ある日家に帰ると、玄関に男物の革靴が揃えてあり、珍しくというか、いつ以来かのお客さんがあった。
 とっても人のよさそうなおじさんで、母は職場でお世話になっている方だとわたしに紹介した。
 夕食を一緒にとることになって、ものすごく久しぶりにそうめんが食卓にのせられたのだった。
 その時だ。唐突にわたしが理解したのは。
 小さいころにときどきやってきては遊んでくれたおじさんやお兄さんたちが、当時の母の恋人や、もしかしたら結婚まで考えて付き合っていたかもしれない男性だったのだということに。
 わたしが大好きだったあのお兄さんもそうだったんだ。
 どうしてそんなことに頭がまわらなかったのだろうと不思議に思うけど、それを理解した14歳のわたしの胸に込み上げてきたのは、いいようのない嫌悪感だけだった。
 もちろん、母に恋人がいてもおかしくないし、わたしという子供の存在ともうまくやれるかを確かめるためにも自宅に招いていたのだろう。
 でもわたしはそのまま家を飛び出して、以来しばらくおばあちゃんの家から学校に通ったのだった。
 そのせいもあるのだろうけど、母は結局そのおじさんとも別れて、わたしは人から出されないかぎり、決してそうめんを口にしなくなった。
 反抗期、というのはそのことがきっかけになっていると思う。
 そしてそれは、いまになるまで長く長く尾を引いてしまっているのだ。

 伯母ちゃんは予想以上に元気そうだった。
 病院食があんまり薄味なのでにんじんの真の旨さに目覚めたとか、相変わらずおもしろいことを言って、逆にわたしを元気づけてくれるくらいだった。
「伊緒ちゃんきれいになったねえ」
 と、繰り返してくれたのも照れくさく、うれしかった。
 瑠依ちゃんもつい先日お見舞いに来たそうだけど、入れ違いになってしまった。
「また内地で会ったらよろしくねえ」
 少し安心して病室を後にするわたしに、伯母ちゃんはそう言って小さく手を振った。
 
 宿は別にとっていたのだけど、ご飯のしたくをしてあるというので、ちょっとだけ母の住まいに行くことにした。
 でもやっぱり少し気まずい。
 ほんとうはもう、分かっているのだ。
 母がどれだけ大変な思いでわたしを育てたのか。
 その時々の彼氏とも、わたしと三人で家族になれるかどうかを第一に見極めようとしていたことも。
 でも、いまさら恥ずかしくてそんなことを話題にできるはずもない。
 それでどうしていいか分からず、ついぷんすかと悪態をついてしまうのだ。

 母が用意してくれていたご飯は、そうめんだった。
 すばらしい茹で加減、丁寧な洗い方、そして素材から最大限に旨味を引き出した、手づくりの麺つゆ。
 シンプルこの上ないからこそ、改めて母の腕前がよくわかる。
 気がつくと、あんなに嫌悪したそうめんを恥ずかしいくらいモリモリ食べていた。
「たりないしょ?まだたいしたあるっけ、なんぼでも湯がくよお」
 それを見た母が、ニコニコと無邪気にそう言ってくれる。
 わたし、どうしてこんなにそうめんがおいしいんだろう。
「食べてるときにへんな話だけど、伊緒ちゃんほんとうにきれいになったわあ。しあわせなんだねえ」
 むぐっ、とそうめんが詰まりそうになったけど、その実するりと喉を通っていく。
 そうだ。わたしはいま、しあわせなのだ。
「いい人と出会えて、よかったねえ」
 母がしみじみと言う。
「うん」
 ちょっとむすっとしつつも、わたしは素直に返事をする。
「今度は晃平さんも一緒にきてくれるといいねえ。久々にジンギスカンするべ」
「うん」
 今度は、もっと素直に明るい声が出た。
 ジンギスカンかあ。
 楽しいに決まってる。 
 そんな団らんの形を愉快にイメージしながら、帰ったら彼のために丁寧にそうめんを茹でてみようと、初めてそう思った。

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