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第四十四椀 春らんまんの「たけのこご飯」。伊緒さんの故郷に筍はなし?

小説
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 たけのこが好きだ。
 これはぼくが子どもの頃からの一貫した好物で、どんな状態のものを見てもノスタルジーを感じてしまう。
 八百屋さんにごろん、と陳列されているもの。
 竹やぶからにょっきり野放図に生えてきたもの。
 ラーメンにメンマの状態でちょこんと乗っかっているもの。
 どれもこれも実にステキだ。
 まずもって形がかわいい。
 幾重にも着物を羽織ったような不思議な皮の感じがおもしろく、藪でぴょこんと顔を出しているのを見つけると、思わず駆け寄って抱きしめたくなる。
 ぼく変かなあ。
 これほどまでにたけのこが好きだという理由には心当たりがあって、田舎のじいちゃんばあちゃんちでの幼少体験がきっかけだ。
 山に出かけて竹やぶでたけのこを掘って、持ち帰って火をおこして大きな釜でお湯を沸かして、たけのこをゆがいて晩ごはんにしてくれた。
 無数にある種類の、どんな竹のたけのこだったかも覚えていないし、京都特番なんかで見るようなまだ地面に埋まった状態の朝掘りなんかではもちろんなかった。
 子供のぼくはきちんと鍬を扱えず、途中で根を切ってしまって上手く掘れはしなかったけど、一連のことが面白くて仕方なかったのをよく覚えている。
 少々伸びてきたようなものでも、採りたてなら穂先のほうを生食することができて、じいちゃんがその場で剥いて食べさせてくれた。
 びっくりするくらいやわらかくて、さわやかな青い香りがして、子ども心にも感動したのだ。
 以来、ぼくはたけのこが大好きになって、その影響で八宝菜とか筑前煮とか、たけのこ要素が強い料理も好きになっていった。
 チョコレートもたけのこ型のものをひいきにしているほどで、いっそもうパンダになりたいくらいだ。
 どんなたけのこがおいしいのか、というのはぼくにはよく分からないけれど、たしかじいちゃんたちは「ハチク、ハチク」と言っていたような気がする。
 また、
「こっちはモウソウやからな」
 と、同じたけのこでもなんだかランク落ちみたいな扱いをしていたものもあったようだ。
 記憶を頼りに少し調べてみると、ハチクは「淡竹」のことで、あく抜きしなくても食べられるやわらかい食感のものだ。
 モウソウは「孟宗竹」のことで、太い竹に成長する一般的なたけのこだ。
 もちろん、ぼくにはどちらもおいしい。
 
 さて、そんなに大好きなたけのこだけど、国産のものを進んで食べるような機会は滅多にない。
 いろいろな料理に入ってはいるが、いずれも外国産のもので時々ガジガジと筋張った部分に当たることもあって、残念な気持ちになってしまう。
 いっぽう伊緒さんはというと、実はたけのこそのものはよく知っていても、実際に生えているのを見たことがなかったという。
 それもそのはず、彼女の故郷では気候風土の加減でいわゆる「竹」は育たない。
 その代わりに「熊笹」と総称されるチシマザサなどの大きな笹がよく見られるのだ。
 しかし、このチシマザサのこどもが「姫竹」とか「根曲がり竹」と呼ばれて、めっぽうおいしいらしい。
 したがって、彼女にとってのたけのこというのは、細くて小さくてかわいらしい山菜、というイメージだったのだ。
 ちなみにすごくおいしい姫竹はクマさんも大好物だそうなので、みだりに藪に分け入るのはおすすめできません。
 伊緒さんが本州にやってきたとき、「瓦屋根」と「竹林」の光景がとっても珍しかったそうだ。
「ああ、内地にきたんだあ、って思ったわ」
 と、笑ったのも懐かしい。
 伊緒さんの故郷では、お家の屋根は雪の重みに耐えて、しかも雪下ろしをしやすいようスレート葺きが一般的だ。
 竹林が珍しいのはさっきのお話のとおりだけど、もちろん本場(?)のたけのこもそれまで見たことはなかったという。
 ある春の夜のこと。
 いつものようにオンボロアパートに帰ると、伊緒さんがいつになく慌てた様子でぼくを出迎えた。
(晃くん、おかえりなさい!みてみて!)
 なぜかすごく小声だ。
 そして何かを胸にかかえて、かなり興奮した様子だ。
 さては子ニャンコでも保護したのだろうかと覗き込むと、なんとかわいらしいサイズのたけのこをしっかり抱いている。
「おわっ、どうしたんですか!」
 よろこんでぼくが尋ねると、伊緒さんはドヤァ!とばかりにたけのこを頭上にかかげた。
(あのねえ、”たけのこ仙人”にもらったのよ)
 なぜかまだ小声の伊緒さんが、ファンタスティックなことを言い出した。
 さて、どう返答したものかと曖昧な笑みを浮かべていると、
(たけのこ仙人に、もらったの)
 伊緒さんは小さな手でガシッとぼくの肩を掴み、力強い小声でそう繰り返した。
 うん、2回言ったよね。たけのこ仙人って。
 これは「たずねる」以外のコマンドはないパターンだよね。
(なんですか、たけのこ仙人って)
 仕方なくぼくも小声になって質問する。
 むふー、むふー、と興奮気味な伊緒さんが言うにはこうだ。
 お家から少し離れたところに竹やぶがあって、そろそろ生たけのこを見られるのじゃないかと思った伊緒さんは、竹やぶ観察を日課にしていたらしい。
 今日も今日とて竹やぶを訪れた伊緒さんは、唐突に”ぴょこん”と生えているたけのこと、ついに対面することができたのだ。
 感激してもっと近付いて見ようとしたものの、私有地を示す柵が張り巡らされていて、あろうことか「高圧電気が流れています」「マムシに注意」などのおそろしいカンバンも立っている。
 仕方なく引き返そうとした伊緒さんだったが、その時どこからともなく柵の向こうに人影が現れた。
 まっしろな長いヒゲ、首には手ぬぐい、手にはたけのこ掘り用の「唐鍬(とうぐわ)」。
 伊緒さんは即座に理解した。
 あ、たけのこ仙人だ、と。
 仙人はつぶらな瞳でたけのこと伊緒さんをしょぼしょぼと交互に見比べ、すこーんと唐鍬でたけのこを掘り出して黙って差し出してくれたのだという。
 伊緒さんは九跪九拝してたけのこを受け取り、今度酒と干し肉をお供えしにきますと仙人に約束して喜んで帰ってきたそうだ。
「きっと空海を高野山に導いた、”狩場明神”みたいな人だったのよ!」
 伊緒さんがはしゃいでそうしめくくった。
 地面から出ているたけのこは、米ぬかと一緒にゆがくことでアクを抜く。
 ガラス質の一種であるシュウ酸を、糠に吸着させるのだ。
 あらかじめ皮に切れ目を入れておけば、火が通った後に剥きやすい。
 ゆがいたら流水で洗いながら皮を剥いてきれいにする。
 ぷりん、としたクリーム色の肌があらわれ、なんともおいしそうだ。
 もうどう料理したっておいしいけど、ぼくのたっての希望で「たけのこご飯」にしてもらった。
 具材は油あげとたけのこのみ。
 ただし、たけのこは根元から穂先までまんべんなく使ってもらった。
 伊緒さん特性の水出しのおダシ、しょうゆと味醂で少し薄めに味加減をしてもらう。
 ふんわりと炊き上がったそのたけのこご飯の、なんとまあ甘く瑞々しかったこと!
 根元のほうは、じゃくりじゃくりとしっかりした食感、真ん中あたりのさくさくと小気味よい歯ごたえ、そして穂先にいたってはとろりと溶けてしまったのではと思うほどやわらかい。
「すごくおいしい」
 伊緒さんが猫のように目を細める。
「はい。すごくおいしいです」
 ぼくも喜んで頬張る。
 ありがとうございます。たけのこ仙人。
 ほのかな青い香りも爽やかで、何杯でもおかわりしたくなりそうだ。
 伊緒さんは明日も竹やぶ観察に出かけるのだろうか。
 もし仙人にお礼のお酒をもっていくのなら、ぼくも同行しようと本気で思っている。

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