第五十三椀 お祝いの「大盛りエビチリ」。文学賞でいいとこまでいきました

伊緒さんのお嫁ご飯
エルドンさんによる写真ACからの写真
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 応募していたある文学賞で、最終選考まで残った。
 ぼくがいくつかの作品を発表している、小説投稿サイトが主催する文学賞だ。
 これまでは三次選考通過というのが最高記録だったので、一歩前進したという確かな手応えを得ることができた。
 まだなじみの浅い新しい文芸ジャンルの賞だったけれど、作品の応募総数は500点を超えるという盛況ぶりだった。
 最終選考に残ったものは大賞候補作品とされ、その7作品のうちのひとつにぼくの小説が選ばれたのだ。
 受賞はできなかったけれど、選考委員ひとりひとりからの寸評がホームページ上に掲載されていて、正直言ってうれしかった。
 小説投稿サイトはそのほとんどの作品を無料で読むことができ、ほかのユーザーの方から直接コメントや書評をもらえることもあって貴重な発表の場となっている。
 受賞作や人気作は書籍化されることもあり、そこからプロデビューする作家も年々増えていっているのだ。
 実際、ほかの作家の方の作品を読んでみると、プロと比べても遜色のない良作の多いことに驚かされる。
 本が売れなくなったと言われて久しいけれど、それは小説が読まれなくなったのではなくて「読まれ方」が変わってきただけだ。
 むしろ文章表現の幅が急速に広がって、より自由な物語の在り方が受け入れられているのではないかと思う。
 かつて、小説作品は滅多なことでは世に出ることはなかった。
 文学賞を受賞して本になるか、自費出版をするか、あるいは各自の持ち出しで同人誌に寄稿するか。
 それでも、どんな形であれ誰かに手にとってもらい、ページをめくられたものはごく一部の幸運な作品だったと言えるだろう。
 もちろん、作家にそれだけの力と可能性があったからこそではあろうけれど、もしかすると誰の目にも触れていない名作がどこかに眠っているのかもしれない。
 でも小説投稿サイトでは、誰でも「書く側」にも「読む側」にもなることができる。
 そこには面白い作品を発掘するという楽しみ方もあるのだ。
 ぼくのような無名アマチュア作家の小説でも、驚くほどたくさんの人が読んでくれたのはそういうことだと理解している。
 でも、執筆という孤独な楽しみにおいて、それがどれだけの勇気になるか、いまのぼくにはよく分かる。
 感謝しかない、とはこのことだ。
 
 伊緒さんには、会社の休み時間にメールで結果だけを簡潔にお知らせした。
 大賞候補になったというだけで実際には無冠なわけだし、結果報告くらいにしておこう。
 それに何よりも、なんだか恥ずかしい。
 彼女はぼくが発表した小説にはだいたい目を通してくれていたけれど、今回のは内緒にしていたので賞に応募していたことは知らないはずだ。
 伊緒さんからはすぐに返信があり、
「おぺむうぇれです」
 とのことだった。
 文末にはネコの絵文字が3つ。
 これはよくあることで、伊緒さんはメールが苦手なのだ。
 とりあえず意味は分からなかったけれど、お元気そうでなによりだ。
 わりにウキウキしているのを自覚していたので、帰宅時にはいつもより低めの声で、
「ただいま」
 と声をかけた。
 すると伊緒さんが、
「おかえりなさい」
 と、やはり低めの声でしずしずと出迎えてくれる。
 ぼくたちは何かうれしいことがあると、あえて「さも何事もないかのように」振る舞うことがある。
 それは主にぼくがすぐ調子に乗るせいなのだけど、今日は伊緒さんもいつもと違うテンションだ。
「すぐ晩ごはん食べられますから、すぐ手を洗ってすぐ座ってください!」
 全体にすぐ系な指示に従って、わくわくと食卓につく。
 実はドアを開けた瞬間からめちゃくちゃいい匂いがしていた。
「はい、おまたせ!すぐ食べましょう!」
 どじゃーん!と伊緒さんが抱えてきたのは家でいちばん大きなお皿だ。
「うわっ!大きい!って、ほわあっ!」
 中身をのぞいてさらにびっくり。
 ぼくの大好物のエビチリが大盛りになっている。
 伊緒さんがドヤァ!と胸を張る。
 食欲をそそる真っ赤なソースをまとったエビがゴロゴロと積み重なり、お皿の周囲には中華屋さんみたいに揚げ麺のバリケードが築かれている。
 いただきます、と二人で手を合わせていそいそと箸をとる。
 前歯で断ち切ったエビの肉身がぶりんぶりんと舌の上で踊り、口中がお祭りみたいになっている。
 エビは丁寧に背わたが除かれて、臭みもなくぷりぷりの舌ざわりだ。
「下ごしらえのときに、お酒とお塩と片栗粉で一度もみ洗いしたらぷりっとするのよ」
 伊緒さんが解説してくれる。
 なるほど、そういうひと手間がきいているんだ。
 甘くてピリッとしたチリソースには大ぶり粗みじんの玉ねぎがたっぷり使われて、このままご飯に乗せて食べたいくらいだ。
 揚げ麺に絡めてほおばると、また違う料理みたいで二度楽しい。
 それにしても、チリソースの複雑な旨みがたまらない。このやさしい甘さは何なんだろう。
「えへへー。じつはね、これです!」
 じゃん!と伊緒さんが取り出したのはなんと「甘酒」だった。
 なんと意外な食材だけれど、これでまろやかな甘みと旨みをソースに加えたんだ。
 うーん、技ありです。
「それにしても惜しかったねえ!どの候補作もおもしろかったけど、晃くんのよかったなあ。ほら、吉左衛門が寅次の脇差を握って突っ込んで行くところなんて、もう泣けて泣けて……」
 ……あれ。
 ばっちり読んでくれてるんですね。
 そうか、それでぼくの大好きなエビチリを大盛りにして、お祝いしてくれたんだ。
 それに気付いて、急に照れてしまう。
 ありがとう、伊緒さん。
 まだまだこれから、もっと楽しい小説を書けるようにがんばります。

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