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最後の箸休め 伊緒さんが「そうめん」を苦手な理由。里帰りと心の傷あと

 すごく久しぶりに、ひとりで実家に帰った。 従姉妹の瑠依ちゃんのお母さん、つまりわたしの母親のお姉さんがちょっと体調を崩して入院してしまったのだ。 幸いたいしたことはなくて、退院の日取りももう決まっているのだけど、久しぶりなこともあって顔を見に行くことにしたのだった。 ほんとうは夫も一緒だとよかったのだけど、お仕事が忙しくなっているのでしょうがない。 なさけないことに、結婚してからというものひとりで遠出するのが心細………………~続きを読む~
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第五十六椀 梅雨寒の「豚汁」。ひとりになる練習って、何のことだろう

 ――汝、公明の剣を帯びる者よ。    ――誓え、神々への奉仕を。  ――誓え、主への忠誠を。  ――誓え、民への献身を。  ――その身朽ち果てるまで、  ――信義の楯とならんことを。   ひざまずいたぼくの肩口に、細く鋭い銀色の神具がかざされ、祝福の言葉が唱えられた。 「はい、マスター」 ぼくは力強くそう応え、銀色の神具に口づけをする。 騎士叙任の儀。 これを通過してこそ、ようやく一………………~続きを読む~
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第五十七椀 アツアツ「マカロニグラタン」。深夜の帰宅で心に沁みます

 最近急に出張が多くなってきた。 理由ははっきりしていて、ぼくの会社の大阪支店に欠員が出て常駐の編集者がいなくなったためだ。 ぼくが関西育ちだから、という単純な理由だけではないけれど、急遽のサポートのため頻繁に大阪に足を運ぶこの頃だ。 ほかの業界ではどうなのか分からないが、ぼくの会社でやっているような小規模な出版なら、関西の会社がわざわざ関東の業者に発注することは少ないようだ。 できるだけ地元の企業間でやりとりをす………………~続きを読む~
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第五十八椀 とれたて!「夏野菜カレー」。瑠依さんの大学と晃くんの故郷

 大阪出張が金曜にまたがったある週末、土日を利用して関西で伊緒さんと合流することにした。 古都・奈良にある、瑠依さんの勤める大学に行ってみようと思ったのだ。 瑠依さんは伊緒さんの従姉妹で、食文化史を専攻する研究者だ。 伊緒さんにとってはお姉さんのような人で、二人はすごく仲がいい。 激しく人見知りをすることから「借りてきたネコ」と呼ばれているけど、先日一緒にお好み焼きを食べてから、少しぼくにも心を開いてくれたと信じて………………~続きを読む~
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第五十九椀 雨の日の「コーヒーゼリー」。伊緒さんの選択、晃くんの決心

 飲み残しのコーヒーばかりが冷蔵庫にたまっていく。 先日、従姉妹が勤める奈良の大学に一緒に行って以来、夫はさらに忙しくなったようだ。 これまでも朝は早かったけど、さらにもう一本前の電車に乗るようになって、慌ただしく出勤していく。 朝食はお家でとらない(会社に行きたくなくなるから、と言っていた)ので、せめてコーヒーだけはドリップして飲んでもらえるようにしている。 たとえ残っても、夫がいればアイスコーヒーにして飲みきっ………………~続きを読む~
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第六十椀 〆 さよなら、それぞれの道へ。最後の「おにぎり」

  がらんとした部屋に佇み、ここで過ごした時に思いをはせる。  決して長くはなかったけれど、濃密でしあわせな、愛おしい日々。  毎日のようにおいしいご飯をつくって、彼女が待っていてくれた場所だ。  ここには小さなテーブル、ここには小さな衣装ケース、そしてここには二人分しか入らない小さな食器棚。  たしかにずっとそこにあったはずの家具なのに、すべて運び出された後ではもう、記憶を辿るよすがすら薄れてゆく。  何かをやり………………~続きを読む~
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水果 ゆめの庭の「夏みかんシャーベット」。物語は続きます

 ようやく直しが終わった原稿の束を抱えて、2階の書斎から階下へと降りていった。 リビングから外を見やると、薄暗がりに慣れた目には世界が一瞬真っ白に感じられる。 やわらかな陽の差す庭にはたくさんの樹が植わっていて、ぼくたちは四季折々の花や実を楽しみにしていた。 サンダルをつっかけて庭に出ると、一本の樹ががさごそと揺れている。 「あ!見つかった!」  笑って木陰から出てきたのは伊緒さんだ。    その腕には、太陽をその………………~続きを読む~
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