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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】幕間 あやかし文化財レポート・その7

小説
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「ねえユラさん。このお店の名前とその本って、なにか関係あるんですか?」

お客さんがはけた午後、わたしは久しぶりにcafe暦を手伝いながら前から気になっていたことを聞いてみた。

ユラさんが目を落として指先で紙面をなぞっている、手づくりの和綴じ本。
以前に彼女はこれを「完全な暦」と呼び、陵山古墳や裏高野の結界を張り直す日取りを決めるためにめくっていたのだった。

「うん?そうやね。お祖父さんが名付けたんやけど、結界守にとって日取りの吉凶ってすごい大事なんよ。いうたらカレンダーなんやけど。旧暦と日々の五行を割り出すさかい、昔は陰陽師のお仕事やったみたい」

そういえばそんな暦づくりに関わる小説を読んだことがある。
陰陽師といえば式神を使役して京の都を妖異から守る、なんてイメージがあるけれど。
実際には暦づくりと天文観測も重要な任務だったのだ。

ユラさんのお祖父さんである宗月さんは、季節と時を知る暦の大切さを思ってお店をそう名付けたのだという。
そして今ではその暦づくりもユラさんが受け継ぎ、手づくりしているそうだ。

「今でも神社ってこういうのつくってるんやけど……。国立天文台の計算結果を参照せな、独りではようできんわ。昔の人はすごかったんやなあって、いっつも思うわ」

ぱらぱらと頁をめくりながらユラさんが笑う。
ちらりと見えたその紙面にはびっしりと文字が並び、そもそもなんて読むのかもわからない漢字もあるようだ。
こんなのを自分でつくるなんて、ユラさんだって相当すごい。

「ユラさん、今日はどんな日なんですか」
「今日?ちょっと待っててな。……えーっと、戊子つちのえねやさかい、陰陽五行は土の陽の水。土剋水どこくすいの相剋。吉凶は……なにこれ、“味噌煮吉日みそにきちじつ”?」
「ぷふっ!そんなのあるんですね」
「うーん、自分で書いて覚えてへん……。お味噌つくるのんに、お豆炊くとええ日なんやろか。一応『簠簋内伝ほきないでん』っていう本にも載ってるはずやねんけど……」

歴史科の教員としてはずいぶん興味深いお話だけど、これは時間をかけて習わなければ相当難しそうだ。

「あれ?じゃあ歴代の由良様たちも暦づくりしてたんですか?」
「それがねえ、わからへんのよ。というのも、すべての歴代を降ろしたことなくって、記録が残ってへん人も多いから。それに、自分に近い性質の人やないと十分には魂の力を引き出されへんのよ」

ユラさんいわく、たとえば剣士の六代目とは相性がよく、格闘に長けた十代目とは実は性質が合わないのだという。
無理に降ろすことはできても、その分解除した後の心身へのダメージが大きくなるのだとも。
それに、ふだんは封印状態でユラさんの中に眠る歴代の魂は、降ろすほどに徐々に磨り減ってやがて消滅してしまうのだそうだ。

「でも、死してなお、こうして魂を縛られてる歴代が不憫になるんよ。早く安らかに眠ってほしい気持ちもあるけど……。やっぱりまだまだ助けてもらわなあかんことばっかりやわ」

ユラさんはそう言って、ちょっと悲しそうに微笑んだ。

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