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【紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート】第7章 不動山の巨石と一言主の約束。裏葛城修験の結界守

小説
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若き修験者たち

「ぁんしゃぁーっス!!」

元気いっぱいになんて言ってるのかわからない挨拶をしたのは、わたしが今授業を持っているクラスの子たちだった。

一人は黒いフレームの眼鏡をかけた大人しそうな男の子。
もう一人は、大人しくなさそうなシルバーアッシュのギャルの子。

山伏ってこんな感じだったっけ。

オサカベさんが「まだ学生さんやけど」と言っていたけど、まさかわたしの生徒だったとは。
その学校はかなり自由というか、なかなか個性的な子たちが自治的に学校生活を送っているのが印象的だった。

わたしの歴史の授業ではその男の子はめっちゃ鋭い質問をしてくるし、ギャルの子はいつもまどろんでるので2人とも印象に残っていたのだ。

「先生!おつかれっス!まさかあかり先生がトクブンのあやパトしとるなんて、あーし知らんくて!まじおつかれっス!」

方言のイントネーションとギャル語が混ざると、振り切ってかわいいかもしれない。
“あやパト”はあやかし文化財パトロールの略なのだろうと見当はつくけど、なにやら楽しそうな響きだ。
ぼんやりそう思う横で、男の子が黙ってぺこりと頭を下げた。

印象に残っているとかいいつつ、出席簿がないと名前を思い出せない。まだまだだ。
とりあえず、ギャルちゃん・ハカセくんと仮称しとこう。

と、わたしの向こう側を指さして、ギャルちゃんがぷるぷるとわななきだした。
ハカセくんも「あっ」という顔で眼鏡の位置をすちゃっと正している。

「ちょっ…ちょっ…ちょマ…!マママ」

ガクガクと2人が這い寄っていったのは、かの大楠公腰掛ノ石。
その上には、堂々たる茶トラ猫とカワウソの大精霊が。

「こここ、胡簶ころくさまに……まま鞠麿まりまろしゃま……?」

ハカセくんがしゃべった!
しゃま…?

「くっはあ!」

ギャルちゃんが叫び、2人は腰掛石の前にひざまずいた。

「ゼロ神宮の護法童子さま!」

これ、高野山でも似たようなリアクションを見たぞ。
紀伊の修行者にとって、やっぱりコロちゃんとマロくんは特別な存在なんだ。
わたしのクッションでいつも丸くなってて、抜け毛が面倒だとか思ってごめんね。

コロちゃんとマロくんは猫とカワウソの姿のまま、石の上から威厳をもって声を発した。

「若き修験者たちよ」
「ようお詣り」

くっはあ!ともう一度へんな声で叫んで、ギャルちゃんとハカセくんが悶絶している。

「ようお詣り」とはこの地域の寺社などを訪れた人への挨拶で、信仰の山では登山客同士がそう声を交わすこともあるそうだ。

「尊…!マジ尊…マジ合掌……!五体投地」

この子たちのテンションにちょっと置いてけぼりになったわたしだったけど、精霊への敬意…いや、敬愛がストレートに伝わってきた。

紀伊という土地に住まう人々の神仏との距離感の近さは、もしかすると豊かな山への畏敬の念が媒介しているのかもしれない。

いつの間にか、もふもふと耳やら肉球やらを触らせてあげているコロちゃんとマロくんを、改めてちょっと神々しく感じるのだった。

凸凹コンビの修験者に圧倒されたわたしだったけど、2人が巨石の行場で祈りを捧げ始めると今度はその荘厳さに感じ入った。

手前には稲荷社があり、巨石の根元にある祠は真ん中が不動明王、左に金剛童子、右に八大龍王を祀っているという。

不動明王は修験道でよく本尊とされる、仏法を守護する強力な仏尊。
金剛童子とは行者を守る護法神で、大峰山では八大金剛童子とも呼ばれて複数の尊格の総称だそうだ。
ちなみに水に関わる行場に祀られることも多いという。
八大龍王はその名の通りの龍神で、これも本来は八柱の龍の総称だ。この辺りの修験の行場や霊山では龍への信仰も篤く、紀伊らしい神というイメージがある。

修験道は、神も仏も同時に祀る。
なので祝詞もあげればお経もあげるというスタイルで、そういえばユラさんの瀬乃神宮もそれに近い作法を行うと言っていたっけ。

ギャルちゃんとハカセくんはしゃん、しゃん、しゃんと法具の音でリズムをとりながらお経を上げ、これにはミニサイズの錫杖を使っていた。
カラオケマイクくらいの大きさで、杖ではなく純粋に聖なる音を立てるものなのだろう。

“南無当山鎮守”
“南無日本国中大小神祇”

ナム、で始まる仏式の唱え言葉で、古来の神々を称えることがわたしにはすごく印象的だった。
そういえば平家物語で那須与一が扇の的を射る時、「南無八幡大菩薩」と唱えていたのを思い出す。

八幡さんはもちろん神道の神ではあるけれど、神仏習合の考え方においては同時に仏法の修行者、「菩薩」でもあるのだ。
だから神の身でありながら、僧の姿として表現した「僧形八幡神」というタイプの像が存在している。

「あかり先生。まあちょっとだけ、上の方登ってみいひん?」

祈りを終えた2人が元気いっぱいに誘ってくれるのに応じて、わたしは後をついていくことにした。
お勤めの途中は人間の姿になって後ろの方で合掌していたコロちゃんとマロくんだったけど、今はまた動物姿でそれぞれギャルちゃんとハカセくんの肩に乗っかっている。

大きな岩がゴロゴロしている急傾斜をよじ登り、ひいひい言いながら山坂をしばらく行くと、やがてゆるやかな尾根道へと出てきた。
樹々の隙間から少し里のあたりを見下ろせる箇所もあり、いつの間にか随分高いところまで登ってきたみたいだ。

「まあ少し行くと、この尾根のピークの不動山です。標高は約600mやけど、さらに行くと金剛山地の縦走路“ダイヤモンドトレール”に合流します。普通の登山客の人らもようけいてますけど、行場とも重複してるさかい、行者もよう通る道なんです」

わたしの歩調に合わせてゆっくり登りながら、ハカセくんが説明してくれる。
なるほど、金剛山という霊山と里とを繋ぐネットワークのひとつなのだ。この道は。

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