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箸休め 真夜中のラーメン、その魔力にひざまずきます

 ぼくには秘密の趣味がある。 友人にも会社の同僚にも打ち明けたことのない、密やかな楽しみ。 何とすれば、ただひたすら恥ずかしいのだ。 それは、小説を書くこと。 この世でただ一人、伊緒さんを除いて誰にも知らせたことのない、ぼくの趣味だ。 伊緒さんと仲良くなったのも、もともとは文章を書くことがきっかけだった。 ぼくが今の会社に入る前、派遣社員として出版や印刷の業界で校正やライティングをしていたとき、同じ職場でチームにな………………~続きを読む~
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第十六椀 こっくり濃厚「クリームシチュー」。でもみんな主食はどうしてるんだろう

 北国の女性のつくるクリームシチューはおいしい。 という、勝手なイメージが刷り込まれたのは、子供の頃にみたCMのせいだろうと思う。 一面の雪景色のなか、ぽわっと橙色の灯りがともる。フォーカスしていくと雪に埋もれたお家があり、光は窓から漏れ出たものだ。 なかには懐かしい(生でみたことないけど)だるまストーブが熾り、その上にはお鍋がかけられていてクリームシチューが温かな湯気を上げている。 そしてたしか、髪が長くて色の白………………~続きを読む~
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第十七椀 酒飲みのための「吸いもの鯛しんじょ」。伊緒さんには長老方も骨抜きです

 これはぼくが伊緒さんと結婚する直前のお話。 ぼくの両親は早くに亡くなったので、結婚の報告のため祖父母のもとへ、伊緒さんと一緒に行ったのだった。 父と母は、瀬戸内の小さな島でともに育った幼なじみだったそうだ。 それぞれの実家も目と鼻の先で、島の多くの男たちがそうであるように、どちらも鯛釣りをなりわいとする漁師の家だった。 そういうわけで僕の父は魚のさばき方がうまかったのだけど、漁師の跡継ぎになるのが嫌で島を出たのだ………………~続きを読む~
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第十八椀 江戸料理「林巻き大根(りんまきだいこん)」! 伊緒さんの得意技です

 やたらと何かをあげたくなってしまう人、というのが確かに存在している。 ちょっとしたお菓子だとか、旅行のおみやげだとか、ガチャガチャでかぶったフィギュアだとか、とにかく何かをプレゼントして喜ばせたくなるという人だ。 その点に関していえば、伊緒さんはまさしくそういった人種の典型だと思い知らされる。 ぼくも彼女と付き合う前には、さもたまたまポケットに入っていましたので差し上げましょう、という体を装って渡すために、常に何………………~続きを読む~
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第十九椀 ほろほろ、トロトロ「豚の角煮」。あの家電でできるんですね

 ただならぬオーラが炊飯器から立ち上っている。 いま書いている小説の筆が珍しく進んで、気がつくともう真夜中になっていた。 とたんにおなかがグウ、と鳴って、はてさてご飯が残っていたらお茶漬けにでもさせていただこうかしらん、と台所に忍び込んだのだ。 今日は納期の迫ったライティングの仕事はないと言っていたので、伊緒さんはもう眠っているはずだ。 彼女を起こさないようにそーっと、そーっと、足音を忍ばせて、炊飯器に目をやったの………………~続きを読む~
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第二十椀 伊緒さんの「ちゃんこ鍋」。相撲の歴史もお勉強します

 伊緒さんが珍しくヘッドフォンを着けて、パソコンの画面を食い入るように見ている。 どうしたんだろうと思ってじっと観察していると、彼女は小さなこぶしを握り締めてぷるぷる震わせながら、どうやら何かの勝負を観戦しているらしい。 一試合そのものはそんなに長くはないようだ。 なぜそんなことが分かるのかというと、伊緒さんがハッと息を呑んで口を真一文字に引き結び、「ップァァァ」と緊張を緩めるまでの時間が短いからだ。 見ていてまっ………………~続きを読む~
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箸休め かんたん「チーズフォンデュ」。今日はぼくが伊緒さんを喜ばせます

 歴史ライターのお仕事をしている伊緒さんは、完全在宅ではなく時おり取引先の編集プロダクションなどに出向しなくてはならない。 打ち合わせとか、企画会議とかいろいろあるのだけど、たいがい夜遅くなるのでぼくの休日と重なったときはつまらない。 これまではさみしく彼女の帰りを待ちわびて、ドアの向こうに伊緒さんの気配がするやいなや、短いシッポを振り回して一目散に駆け寄っていくというのがお決まりだった。 だが、これからのぼくは違………………~続きを読む~
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第二十一椀 渾身の「焼きさば」。火加減にすべてを懸けます

 郷愁を誘う夕食どきの香りといえば「カレー」ともうひとつ、「焼き魚」があげられると思う。 こどもの頃のことだから、まさか特別に焼き魚が好物だったということはないのだろうけど、一人の帰り道でよそのお家から香ばしく魚の焼ける匂いがただよってくるときの、切ない気持ちは忘れようがない。 でも、焼き魚を本当においしいと思ったのは大人になって、結婚した後のことだ。 それまでぼくが知っていた焼き魚というのは、コンビニ弁当の幕の内………………~続きを読む~
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第二十二椀 絶技!「パラパラチャーハン」。家庭でもここまでできます

「お店の味」、というものが確かに存在する。 作る量だったりかけられる時間だったり、あるいは調理設備の問題だったりと要因はさまざまだけど、なかなか家庭では再現が難しい料理の数々だ。 でも、料理技術の発展や情報開示の進捗、そしてたゆまぬ創意工夫と研究の成果によって、限りなくプロの味に肉迫してきた家庭料理もある。 その最たるもののひとつが「チャーハン」であろう。 ぼくがまだ学生だった頃、何度目かの「料理ブーム」とも呼べる………………~続きを読む~
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第二十三椀 「きつねうどんとお稲荷さん」。伊緒さんと関西の味

 ありがたいことに半分物見遊山のような出張、というのが時たまある。 印刷関係のイベントとか、美術館の特別展とか、お仕事の役に立ちそうなことだったら、出勤扱いで行かせてくれるのだ。 もちろんほとんど自腹なのだけど、仕事柄もあって特別展のチケットなんか持たせてくれることもある。 そんな時はできる限り伊緒さんを誘って一緒に行くことにしている。 ぼくに甲斐性がなく、旅行らしい旅行にはまだご招待できていないことの罪滅ぼしもか………………~続きを読む~