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第二十四椀 ぷわぷわの「ホットケーキ」。子どもの頃の夢でした

 とっても久しぶりに、亡くなった母の夢をみた。 ぼくは小さい子どもの姿で、まだ昼過ぎなのに珍しく母が家にいる。 ホットケーキつくってあげようか、とこれまた珍しいことを言ってくれたのが嬉しくて、子どものぼくはわくわくと待っている。 台所にはいっしょうけんめいに粉を練っている母の後ろ姿が見える。 やがてバターが甘く焦げるしっとりした香りに誘われて、飼い猫のコロが母の足元にすり寄っていく。 できたよ、と、白くてまるいお皿………………~続きを読む~
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第二十五椀 安くておいしい「ポークすき焼き」。味付けは関西風で

 「すき焼き」といえば代表的な牛肉料理のひとつ、というイメージがあるけれど、本来はいろいろな肉でするものだったらしい。 豚肉とか鶏肉とか鴨肉とか、またはブリとかサバなんかの魚肉も使われたという。 東西の食肉文化の違いは概ね関東以北では豚肉を好み、関西方面では牛肉が珍重されることは以前にも触れた。 もちろんそれぞれの地域でどちらも使うのだけど、「すき焼きといえば豚肉」という土地もけっこうあるようだ。 伊緒さんの故郷で………………~続きを読む~
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箸休め 伊緒さんのお話。お食事デートですごく大切なこと

 ふう、やれやれ。 納品完了っと。 われながらいい記事が書けたわ。 晃くんが帰ってくるまでまだ間があるけど、はやめにご飯のしたくをしておこう。 きっとおなかぺこぺこにしてるだろうから。 わたしはあんなにおいしそうにご飯を食べる人を知らない。 わたしが作ったものを喜んで食べてくれるのもすごく嬉しいけれど、あの人は作り手の思いや苦心まできちんと味わってくれているんだと思う。 同じお料理でも、こまかな味付けの差や食材の切………………~続きを読む~
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第二十六椀 レトロな「手羽先チューリップ」。からあげ?ザンギ?の方言問題

 鶏のからあげが大好きで、一人暮らしのときにお弁当を買うとしたら、まずもってからあげ弁当を手に取っていた。 いろいろなお店や各コンビニによってちょっとずつ内容は違うのだけど、おおむね副菜は申し訳程度にしか入っていない。 なかには「ごはん、からあげ、以上」といった硬派で潔いからあげ弁当もあった。 いずれも味付けはしっかり過ぎるほどしっかりしていて、念入りにマヨネーズなんか添えられたりしていることもある。 若かったこと………………~続きを読む~
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第二十七椀 魚フライと「手作りタルタルソース」。なくてはならない名コンビ

「コレにはコレがなきゃダメだ!」 という組み合わせって結構あると思う。 食べものなら、カレーには福神漬けとからっきょうとか。 ラーメンにコショウ、うなぎに山椒。 牛丼に紅しょうが、お赤飯にゴマ塩。 コンビでいえばトムとジェリーとかボニーとクラウド、佐武と市とか太陽とシスコムーンとか、あっ、これはコンビじゃない(そして懐かしい)。 とにかくどっちか一方でもいけないことはないけれど、揃ってこその完全体という感じがする。………………~続きを読む~
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第二十八椀 新居初日の「麻婆豆腐」。伊緒さんの意外な趣味も明らかに

 いまぼくが伊緒さんと暮らしているオンボロアパートには、結婚を機に移ってきた。 ぼくにとっては、それまで住んでいたもっとオンボロなアパート("文化住宅"と書いてあった)に比べるとずいぶん新しくなったように感じられた。 けれど、伊緒さんからすればかなり古めかしい住処になってしまったはずだ。 でも彼女は嫌な素振りもみせずに、「レトロで楽しい」と言ってくれている。 さて、いざ引っ越しというときになって、あまりの荷物の多さ………………~続きを読む~
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第二十九椀 春の香りの「ふきのとう」。フキの葉の下には妖精がいます

「ああ、ありました!芽を出してる。かわいい!」 「こっちにも!よく見るとけっこうあるのね」 ふたりして大騒ぎしながら探しているのは、春の山菜の中でも一番はやく顔を出す「ふきのとう」だ。 淡くやわらかな黄緑色をして、地面からぴょこっと出てきた様子は芽キャベツが落っこちているかのようにも見える。 指先で摘み取った瞬間、春の息吹を凝縮したような強い香気が立ち上った。 この香りこそが、山菜の醍醐味だ。 前に伊緒さんに大根………………~続きを読む~
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第三十椀 花冷えの「スープカレー」。カレーとは違うのだよ、カレーとは

 日本はせまい、なんて誰が言い出したのかは知らないけれど、そんなの嘘だと思う。 北から南まで実にさまざまな民俗があって、関ヶ原を挟んでいまだに切り餅と丸餅がせめぎ合い、うどんのダシが濃いとか薄いとかで騒いだりしている。 すごくおもしろい。 そしてさらにおもしろいことは、異なる土地で育ったふたりが夫婦になったときに起こるのだ。 特に食文化の違いは決定的で、これをどうお互いに理解して歩み寄るか、というのが大きなテーマに………………~続きを読む~
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箸休め 伊緒さんと居酒屋メニュー。たまにはお外で飲みましょう

 伊緒さんと居酒屋にきている。 ふたりで飲みに出掛ける、ということは滅多にないのでぼくは少々緊張している。 「曲がりなりにも夫婦じゃろうがい、寝ぼけたこと言うちょったらシゴウしゃげたるぞ」 と、急に広島方面のおじさんが出てきて怒られるという幻覚にも悩まされる。 そうは言っても仕方ないではないか。 そもそもお酒に弱いぼくは、どっかのお店で飲むという習慣がない。 大人の階段を踏み外してはこじらせてきたぼくにとっては、居………………~続きを読む~
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第三十一椀 半額刺身で「バラちらし」。タイムセールの奇跡です

 "半額"と書かれたシールがまばゆい光を放ち、ぼくたちはその神威に立ちすくんだ。 時刻は午後7時、すなわちひときゅうまるまる。 場所は行きつけのスーパー、鮮魚売り場。 パックになったいくつかのお刺身に、神の恩寵とも称される半額シールが燦然と輝いている。 天球には雷光がほとばしり、怒気をはらんだ疾風が容赦なく吹きすさんだ。 時あたかも慶応二年、近代への夜明け前のことやったがじゃ……。 「晃くん、しっかりして」 伊緒さ………………~続きを読む~
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第三十二椀 昔懐かし「ナポリタン」。時のはざまに迷い込みます

 喫茶店とかカフェとかを「サテン」と呼ぶ人がめっきり少なくなったと、有識者たちが憂えているらしい。 ぼくもお得意先の方との打ち合わせで、 「どっか近くのサテンにでも行こうや」 と言われて途方に暮れたことがある。 サテンが「茶店」だと気付いたときにはすでに遅く、なんとなくラテン風の一杯飲み屋で見積もりをとったのはいい思い出だ。 それ以来、一定以上の世代のお客さんと外で打ち合わせをする際には、 「どうでしょう、近くのサ………………~続きを読む~
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第三十三椀 ほくほく「ミートコロッケ」。校則で禁止でも買い食いに最適です

 ぼくは中学から高校の途中まで剣道部に所属していた。 運動量が多く、激しく消耗するので部活の直後は水やスポーツドリンクしか受け付けず、夏場なんかは本当に死ぬかと思った。 両親が亡くなって部活はやめてしまったけれど、剣道そのものは楽しかった思い出ばかりだ。 運動後にちゃんと水分を補給しておくと、今度は帰り道の途中でものすごくおなかがすいてくる。 「おなかとせなかがぺったんこ」という格言通り、もう狂おしくカロリーを欲し………………~続きを読む~
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第三十四椀 皮がパリパリ「チキンステーキ」。”小悪魔風”がヒケツです

 男の子もお年頃を迎えると、いっちょまえに女の子の好みなんかがおぼろげに芽生えてきちゃったりして、たいへんなことになる。 気になる女の子についつい意地悪してしまう、という男の子もいるかと思うけど、言うまでもなく逆効果だ。 そういうことに気付くのは、迂闊にもだいぶんと大人になってからという場合も多いようで、意中の女性に対するアプローチというのはなかなか悩ましい問題なのだ。 ぼくの友人に、とにかく女性はほめるべきだとい………………~続きを読む~
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第三十五椀 ココロふるえる「オムライス」。こども味vs大人味の共演です

 伊緒さんはよく、 「晩ごはんはなにたべたいー?」 と聞いてくれる。  "カレー"とか"焼き魚"とかの具体的な料理名で希望することもあるけれど、実際には"何かこう、身体があったまるような"とか"さっぱりしつつもがっつりいけるような"などの曖昧なイメージを伝えてしまうことが多い。 それでも伊緒さんは、 「ようし、おっけい!」 と腕まくりをして、ショウガを隠し味にした豚汁や、たっぷりのおろしポン酢を添えたトンカツなどで………………~続きを読む~
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箸休め フルーツパフェと男と女。食べたくても恥じらったりもするのです

 伊緒さんは甘いものが大好きだ。 和菓子も洋菓子も喜んで食べるけれど、クリーム系のお菓子が好みのようだ。 どちらかというと男性に比べて、女性に甘党が多いように感じるのは、多分気のせいではないと思う。 最近でこそ「スイーツ男子」なる定義が浸透して、甘党の男性が大手を振るってお菓子を食べたりしているけれど、長らく「男が甘党とは恥」みたいな風潮がたしかにあった。 江戸時代には「いもたこなんきん」などと言って、ふんわり甘ー………………~続きを読む~
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第三十六椀 こっくり甘辛「カレイの煮付け」。白身と卵で二度おいしい

 もちろんお肉もお魚も好きなのだけど、さあ、どっちかひとつだけ選べ!と言われたら「お魚」と答えると思う。 お刺身よし、焼きよし煮付けよし、蒸そうが揚げようが、もうどう調理したっておいしい。 しかもものすごくたくさんの種類があって、ぜんぶ味が違うのも神秘的だ。 パリパリに揚げて頭からまるごと食べる小魚もおいしいし、とろりと脂の乗った大型魚のお刺身もこたえられない。 家族で毎日のように食卓を囲んだ、というわけではなかっ………………~続きを読む~
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第三十七椀 牛丼?カツ丼?玉子丼?どんぶりの王者と伊緒さんの苦悩

 わたしはこれまで、夫である人に対して意図的につくってこなかった料理があることを告白します。 けれど彼はその料理が大好きで、実はわたしにとっても特別な思い入れのあるメニューでもありました。 それでもなお、わたしは頑なに家庭でそれをつくることを拒みつづけてきたのです。 なぜか、と問われればわたしは口ごもってしまうかもしれません。 いくつかのそれらしい言い訳はできるでしょうが、その実態はかなりの面でわたし自身の情緒的な………………~続きを読む~
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第三十八椀 たかが、されどの「ゆでたまご」。伊緒さんとイースターの思い出

 伊緒さんはたまご好きだ。 オムレツとか茶碗蒸しとか、さまざまな卵料理ももちろん得意なのだけど、「たまご」そのものが好きなのだという。 かわいらしい楕円形の理由は、巣から転げ落ちないため。 その中身は世界で一番大きな単細胞。 そういったところが、いろんな方面から伊緒さんの琴線に触れているみたいだ。 それにたまごについては、彼女にとってたいへん思い出深いエピソードがあるという。 伊緒さんがこどもの頃、とても楽しみにし………………~続きを読む~
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第三十九椀 土曜のお昼の「ソース焼きそば」。かつて土曜は半ドンでした

 "半ドン"という言葉が通じるのは、もしかしてぼくたちの世代が最後なのかもしれない―――。 そう思ったのは会社に数年振りに新卒の人たちが入社してきて、研修の一部をぼくが担当したことに由来する。 「まあ、比較的年齢が近いだろう」くらいの理由で白羽の矢が立ったのだけど、どうしてなかなか、世代の違いを感じざるを得ない。 イチバンの要素はやっぱり言葉だ。 彼ら彼女らの言っていることが分からないのではなくて、こちらが使う言葉………………~続きを読む~
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第四十椀 デミ香る「ハヤシライス」。洋食界の裏ボスはこれできまり

 世の中にはよく似てるけど実はぜんぜん違う、というものが結構あるようだ。 たとえば、 「チーター」と「ヒョウ」「りんご」と「なし」「ゼロ戦」と「隼」  などがパッと思い付いた。 最後のはもちろん、歴史的にも有名な航空機なのだけど伊緒さんいわく、 「ゼロは海軍、隼は陸軍の戦闘機よ。よく似てるうえにエンジンも同じだったそうだから、混同してしまいそうね。そもそも両者の設計思想の違いは(以下略)」 だ、そうだ。………………~続きを読む~
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