お小づかいを貯めてときおり旅行にいくのは、わたしたち夫婦の大きな楽しみのひとつです。
でも、あんまり有名な観光地とかテーマパークとかには行きません。
知る人ぞ知る古代遺跡とか、整備されていない山城の跡とか、万葉歌人が旅した道とか、かなりマニアックな場所を訪ねて歩くのがわたしたちのお気に入りです。
「ええ!あったらトコなあーんもねえでやあ!やいやい、モノ好きな姉っこだでなあ!」
的なことをよく言われるのですが、それこそがわたしたちの狙いなのです。
人間が暮らした場所には必ず歴史があり、そこにはいまや忘れられた数々のドラマが秘められています。
歴史のお勉強をしていてよかったなあ、とおもうのはそんなときで、あらゆる土地で心ふるえる物語に出会うことができるのです。
つまりわたしたちにとって「なあーんもないトコ」などというのは存在せず、歴史学の目を通してどんなところでも楽しく過ごすことができちゃいます。
幸い、夫はわたしの歴史好きに理解を示してくれて、彼も小説を書くための取材が必要なときがあるので、お互いの行きたいところをうまくすり合わせて旅行先を決めるようにしています。
「立って半畳、寝て一畳」というわたしたちの家訓にしたがって、お宿も清潔でさえあればなるべく安いところを探すようにしています。
夕食はできるかぎり宿ではなく、旅行先の居酒屋さんや家庭料理のお店などで地元のものを食べるのですが、「朝食付き」という宿泊プランがあれば喜んでそちらを選択します。
それというのも、わたしたちの大好きなバイキング形式で朝ごはんを食べさせてくれることが多いからです。
最近では「ビュッフェ」なる呼び名が浸透してきましたが、やっぱり「バイキング」というのがなんだかしっくりきます。
本当は自分で料理を取り分ける食事の形式をフランス語でビュッフェといい、食べ放題のバイキングは日本生まれのものだそうです。
発祥はなんと、かの帝国ホテルによるもので、スウェーデンの「スモーガスボード」という料理形式をモデルに昭和30年代に登場しました。
好きなものを自由にとって食べる、というのが気さくで肩肘張らず、まさしく豪快な海賊の宴をイメージさせます。
わたしたち夫婦はすごく食いしんぼうなのですが、悲しいかな胃袋があんまり大きくなくてさほどの量は入りません。
そのためバイキングは「いろんなものをちょっとずつ食べられる」貴重な機会となるのです。
ほとんど旅行時の朝食に限られるのですが、それでも定番のお惣菜以外に各地域の名物を並べてくれることもあるので、とっても楽しいのです。
たとえばわたしの故郷の北海道だったら焼き魚にホッケがあったり、夫の育った和歌山なら茶粥が用意されていたり、ちょっとしたご当地料理が旅行者には嬉しいんですよねえ。
仙台に行ったときなんて「ずんだもち」がちゃあんと並んでいて、喜んでたべたものでした。
また、普段つくらないようなバリエーションのお料理にも出会えるので、お家でのメニューにもおおいに参考になるのです。
ホテルの朝食バイキングでもその品数は結構多くて、あれも食べたい、これも食べたいとは思うもののなかなかコンプリートは叶いません。
そこでいつも、夫と「二手に分かれる」という作戦を敢行します。
「洋食がかり」と「和食がかり」に分担して、おかずが重複しないようにほんの一口ずつとってくるのです。
一口を半分こするので量としては微々たるものですが、こうすれば二人前でいろんな種類のお料理を味わうことが可能となります。
夫婦でよかったなあ、と思う瞬間のひとつです。
特に気に入ったものがあれば、銘々おかわりすればよいのですが、この「2周目」というのがまた悩みどころです。
なぜなら、なんだかんだ言っても一皿めで結構満足してしまい、おなかの空き容量も多くはありません。
そんなとき、わたしたちはこうします。
「伊緒さん、おかわりはどうですか」
「うーん、すごく食べたいけど……」
「では、いつもので」
「うん、いつもので」
おもむろにお互いのお皿を取り替えて、洋食がかりと和食がかりを交代します。
そうしてそれぞれがもっともおいしかったお料理を、「3品だけ」とってくるのです。
おなか具合によっては2品だったり4品だったりもするのですが、だいたいはこの方式ですっかり満たされて、幸せな気持ちで旅を続けられます。
ところでバイキングって、どうしてこうも心ふるわせるのでしょう。
農耕以前の人類の生業を「狩猟採集」と呼ぶことがありますが、獲物を追いかけたり、どんぐりや貝を拾い集めたり、木の実をもいだり、そんな遠い記憶を呼び起こすのかもしれません。
でも、きっとそんな太古の食事も仲間たちみんなで分け合って食べたにちがいありません。
バイキングもいかに食べ放題とはいえ、ちょっとずつとってなるべく他の人にも行き渡るような気遣いが必要ですよね。
ある時、2周目でそれぞれ一押しの3品を分け合って食べると、すっかりおなかがぽんぽんになりました。
満足してゴロゴロいっているところに、食後のコーヒーをもらって夫が戻ってきましたが、
(伊緒さん、伊緒さん)
と、なぜか小声です。
(どうしたの)
わたしも思わず小声になって聞き返します。
ちょいちょい、と彼が指し示す方向を見やるとおお、なんと!
空になっていた大皿と交換に、フルーツ類が運ばれてきたところでした。
うーむ。
これは、もう、見なかったことにするのがよいでしょう。
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